華城行宮(水原)
ファソンヘングン
화성행궁
韓国でもっとも規模が大きく美しい王の別邸
こんにちは!ソウルナビです。今日は京畿道水原市にやってきました!こちらはソウルから電車で1時間ほどのところに位置し、ユネスコ世界遺産の水原華城で有名なスポット。ソウルから気軽に足を伸ばせる人気の郊外観光スポットです。こちらのメイン観光地、華城の中央にある「華城行宮(ファソンヘングン)」について、今回くわしくご紹介しましょう!この華城行宮はドラマ「チャングムの誓い」の撮影地として使われたこともあり、ご存知の方もいるんではないでしょうか?!韓国の李氏朝鮮王朝末期、正祖大王が築いたお城「華城」内にある王様の別邸です。それではさっそく、華城へGO!!
水原華城(スウォンファソン)
華城行宮(ファソンヘングン)を中心に全長5.7キロの城郭と門、砲台、兵士の休憩所、訓練所などを東西南北に整然と組み込んだ素晴らしい建造物が水原華城です。李氏朝鮮王朝末期に造られ、1997年に世界遺産に指定されました。城内には博物館や広報館なども完成し、一年中たくさんの観光客が訪れています。4、5月は色とりどりの花が咲き乱れ、また10月初旬には華城文化祭が開催されるほか、さまざまな常設イベントや体験施設なども運営されています。お城は一周すると約2時間半かかります。華城行宮(ファソンヘングン)
水原の華城行宮は、韓国の行宮の中でももっとも規模が大きく、美しいといわれています。1796年(正祖20)、朝鮮第22代の正祖大王が水原に華城を築城したあと、八達山東部の麓に建立されました。もともと1789年(正祖13)水原の新邑治を花山から八達山に移転するとき、官衛として使われていた建物だったそう。それを拡大し、行宮として完成させたもの。こちらで親孝行だった正祖が父親のお墓参りをしたあと、帰りに寄って休んだり、また母親の恵慶宮洪氏の宴を行ったところでもあり。建立当時は600あまりの堂があったそうですが、日本統治時代に主な建物である奉寿堂が医療機関の慈恵医院(地方に立てた近代式の病院)として使われるようになると、ほとんどの施設が壊されてしまったとか。その後、1975年に水原華城の復元とともに行宮の復元工事も行われ、2003年に一般公開されることになりました。まだ一部工事が残っていますが、2010年に工事終了予定。
新豊楼(シンプンヌ)
二階建ての楼門で、華城行宮の正門。1階には3つの板門が掛かった通行門があり、2階は楼閣になっています。
この入口横にチケット売場があるので、入場券を買いましょう!またガイドマップ(日本語付き)をこちらでもらうと便利ですよ。この左右には北軍営、南軍営という建物があり、壮勇外営の騎馬兵だった親軍衛がそれぞれ100人ずつ寝泊りしていたとか。
二階建ての楼門で、華城行宮の正門。1階には3つの板門が掛かった通行門があり、2階は楼閣になっています。
この入口横にチケット売場があるので、入場券を買いましょう!またガイドマップ(日本語付き)をこちらでもらうと便利ですよ。この左右には北軍営、南軍営という建物があり、壮勇外営の騎馬兵だった親軍衛がそれぞれ100人ずつ寝泊りしていたとか。
奉寿堂(ボンスダン)
王の行幸の際、正殿として使われた建物。日本統治時代に撤去されたものを、1997年に復元されたものだそう。ちなみにこの「奉寿堂(ボンスダン)」という名前は、万年の寿を願うという意味で、正祖が母親である獻敬王后(恵慶宮洪氏)の長寿を祈願して付けたんだそう。このことからも、正祖王の親を思う気持ちがうかがえますね。また1795年(正祖19)に、ここで獻敬王后の還暦を祝う宴が盛大に行われたそう。
王の行幸の際、正殿として使われた建物。日本統治時代に撤去されたものを、1997年に復元されたものだそう。ちなみにこの「奉寿堂(ボンスダン)」という名前は、万年の寿を願うという意味で、正祖が母親である獻敬王后(恵慶宮洪氏)の長寿を祈願して付けたんだそう。このことからも、正祖王の親を思う気持ちがうかがえますね。また1795年(正祖19)に、ここで獻敬王后の還暦を祝う宴が盛大に行われたそう。
景竜館(キョンニュングァン)
獻敬王后の寝殿である長楽堂に入る楼門。
獻敬王后の寝殿である長楽堂に入る楼門。
長楽堂(チャンナッタン)
華城行宮の寝殿で、正殿である奉寿堂の南側に建てられ、奉寿堂の西南側の柱が重なっています。この長楽堂という名前は、中国は漢の皇太后の住まいを意味する「長楽宮」からとって「長楽堂」にしたとか。
華城行宮の寝殿で、正殿である奉寿堂の南側に建てられ、奉寿堂の西南側の柱が重なっています。この長楽堂という名前は、中国は漢の皇太后の住まいを意味する「長楽宮」からとって「長楽堂」にしたとか。
華城行宮の内堂で、正祖が行幸するときに泊まったという福内堂(プンネダン)や、王が行幸するとき、しばらく留まって執務を行った継与宅(ユヨテッ)のほか、さまざまな施設が復元されています。
洛南軒(ナンナムホン)
行宮の正殿である奉寿堂の北側にある建物。1795年、獻敬王后の還暦の祝宴期間に、ここで特別な科挙試験、軍の会食などのイベントが行われたところ。
得中亭(トゥッチュンダン)
弓矢を打つために建てられた亭で、日本植民地時代に撤去されたものを、1998年復元したもの。1790年、正祖がここから矢を4発放ったところ、すべて命中したので、それを記念して得中亭にしたとか。
老来堂(ノレダン)
正祖が王位を退いたあと、老後の生活を夢見て建てたといわれる老来堂(ノレダン)。こちらは洛南軒と得中亭で開かれるさまざまな行事の途中、休憩する場所として使われたとか。そのため、北側は洛南軒と、南側は得中亭とつながっています。






















































水原華城