写真で見る!清渓川復元事業、その1【2003年】

工事開始から1ヶ月。あ!高架道路が消えている!

こんにちは。ソウルナビです。今年(2003年)7月1日から始まった清渓川復元事業。さっそく清渓川高架道路の解体から始まりました。清渓川高架道路は通行止め、下を通る清渓川路も車線規制。その横で黙々、いやがたんがたんと大きな音を建てながら、撤去工事がすすめられています。今日はその模様をちょっとのぞいてきましたので、さっそくお伝えいたしましょう。

やってきたのは東大門。すでに高架道路には布が覆い被されています。いよいよ東大門からも高架道路が消える日が近づいているようです。 やってきたのは東大門。すでに高架道路には布が覆い被されています。いよいよ東大門からも高架道路が消える日が近づいているようです。

やってきたのは東大門。すでに高架道路には布が覆い被されています。いよいよ東大門からも高架道路が消える日が近づいているようです。

近くまでやってきました。工事用のゴンドラ?が見えます。
近くまでやってきました。工事用のゴンドラ?が見えます。

近くまでやってきました。工事用のゴンドラ?が見えます。

ふっと先を見ると、、、あ、高架道路の先がない! ふっと先を見ると、、、あ、高架道路の先がない!

ふっと先を見ると、、、あ、高架道路の先がない!

かつて道路のあった真ん中に、大きなクレーンがそびえています。

かつて道路のあった真ん中に、大きなクレーンがそびえています。

道路の真ん中がなくなって、両端だけ残っています。

道路の真ん中がなくなって、両端だけ残っています。

道路の断面図。 道路の断面図。

道路の断面図。

高架道路がなくなると、、、かつては見えなかった、道の向こう側の建物がちょっとはずかしげに姿を見せています。

高架道路がなくなると、、、かつては見えなかった、道の向こう側の建物がちょっとはずかしげに姿を見せています。

まるでとりつかれたように、30年あったものがこわされていきます。

まるでとりつかれたように、30年あったものがこわされていきます。

ぽつんとのこった橋桁。ちょっとさびしそう。

ぽつんとのこった橋桁。ちょっとさびしそう。

残された橋桁の群れ。 残された橋桁の群れ。

残された橋桁の群れ。

道が突然終わっています。

道が突然終わっています。

交差点に残る高架道路。この高架道路もやがて消える運命にありそうです。

交差点に残る高架道路。この高架道路もやがて消える運命にありそうです。


清渓川高架道路の入口。すでに断面が見えています。

清渓川高架道路の入口。すでに断面が見えています。

いままで高架道路に隠れていた清渓川広報館も、ほこらしく姿を見せています。

いままで高架道路に隠れていた清渓川広報館も、ほこらしく姿を見せています。

ジャンクションも壊されつつあります。 ジャンクションも壊されつつあります。

ジャンクションも壊されつつあります。

ちなみにこちらは壊される前の姿。
柵の向こうに残る橋脚。 柵の向こうに残る橋脚。

柵の向こうに残る橋脚。

雨の中をたたずむ橋脚。

雨の中をたたずむ橋脚。

先に行くほどやせていきます。

先に行くほどやせていきます。

再び道路の断面。

再び道路の断面。

日曜日も撤去作業は行われます。

日曜日も撤去作業は行われます。

さらに工事は続きます。
当初は10月撤去予定だった高架道路、工事が順調で9月にはすべて完了する見通しとか。ナビは今回、壊されつつある高架道路を見て、なにか強い衝撃を受けました。こう、絶対なくならないと思っていたものがなくなってしまうような、壮大な喪失感とでもいうような、、、そしてなくなったあとに広がった光景は、頭でわかっていたけれど、実際に見てしまうとなにか深い感慨があります。みなさんも今だけしか見られない工事中の清渓川高架道路の姿、一度ご覧になられることをオススメします。それではまた次回、工事の模様をお知らせしましょう。ソウルナビでした。
<おまけ、展示会もあるよ!>
現在、ソウル市立美術館では清渓川をテーマにした美術展示会、「水の上を歩く人たち」が開かれています。40年前の清渓川を撮影した日本人カメラマンの作品から、工事に対する批判を含んだ芸術作品、または現在の清渓川をとらえたもの、清渓川のごみ芸術から清渓川高架道路の改善案まで、さまざまな角度から清渓川の姿を見ることができます。8/17までの開催ですので残りわずか。一度ご覧になられることをオススメします。

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2003-08-14

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