宣陵・靖陵

ソンルン・ジョンヌン선릉・정릉

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世界遺産に登録された朝鮮王陵。第9代王の成宗王と貞顕王后お墓、そして息子の中宗王のお墓。

こんにちは!ソウルナビでス。今日はユネスコ世界遺産「宣陵・靖陵」をご紹介しましょう!朝鮮王朝第9代王、成宗王(1457~1494年)と継妃(王の後妻)である貞顕王后ユン氏のお墓「宣陵」と、朝鮮第11代王の中宗(成宗の息子)のお墓「靖陵」。2つとも1970年に史跡第199号に指定され、2009年に朝鮮時代の王陵40基としてユネスコ世界文化遺産に登録されました。宣陵は王と王妃のお墓が別の丘にあるという同原異岡陵(ドンウォンイガンヌン)で、靖陵は単陵になっています。江南は宣陵駅から徒歩約5分のところにあり、敷地全体を見ると、都会の中の大きな自然公園といったところ。観覧客もいる反面、周辺の市民たちが休んだり、運動したりする公園になっています。

ソウル都心の自然公園

冒頭でもご紹介したとおり、場所は地下鉄2号線宣陵駅から徒歩約5分。周辺をオフィスビル、住宅、ホテル、レストランなどに囲まれた大きな公園です。敷地内には王・王妃のお墓、そして法事の準備や王・王妃の休憩のために使われた齋室があり、周りは山道のようなところを歩けるように最低限舗装してあるだけなので、地元の方の運動スポットとしてもぴったりなんでしょうね。

今では都会の真ん中に王のお墓が・・・と思うところですが、この場所というのが当時とても重要なポイントだったんです。朝鮮時代、王陵の場所を決めることはとても慎重に行われ、まずお城から10里以上、100里以内につくることが原則で、さらにさまざまな風水地理学上の良い場所としての条件を満たさなければなりませんでした。万が一、苦労して探し当てた場所がすでに庶民のお墓として使われていたら、王陵造成のために、この民墓を別の場所に移すこともあったとか。そのとき、お米などの対価を与えてまでしたそう。こちらの宣陵を造成するときも、この土地にはすでに民墓があったため、別の場所に移させたとか。

さっそく、見学に行ってみましょう!

公園入口を入り、左に進むとチケット売場があります。
こちらでチケットを購入しましょう。さらに進むとチケットを渡す案内所があるので、ここでパンフレット(日本語あり)をゲットしましょう。この案内所を背に左側にあるのが宣陵。右側奥にあるのが靖陵です。まずは左の宣陵へ。

宣陵(ソルルン)


こちらは朝鮮第9代王の成宗(ソンジョン)と、継妃(王の後妻)である貞顕王后ユン氏のお墓です。造成時期は1495年。
王と王妃のお墓が同じ敷地内の別の丘にあるという「同原異岡陵(ドンウォンイガンヌン)」で、左側の丘には貞顕王后の陵、右側の丘には成宗王の陵が安置されています。ちなみに、この同原異岡陵(ドンウォンイガンヌン)とは、ひとつ以上の陵が同じ陵号を使うことで、それぞれ違う丘に造成された陵のことをいいます。
門の前に石畳の道が丁字閣まで伸びています。この通りは王が通る神路で、魂の道だとか。 門の前に石畳の道が丁字閣まで伸びています。この通りは王が通る神路で、魂の道だとか。 門の前に石畳の道が丁字閣まで伸びています。この通りは王が通る神路で、魂の道だとか。

門の前に石畳の道が丁字閣まで伸びています。この通りは王が通る神路で、魂の道だとか。

陵の見張り人用の部屋。

陵の見張り人用の部屋。

碑閣

碑閣

陵の主人の業績が刻まれています。

陵の主人の業績が刻まれています。

丁字閣では法事が行われたそう。 丁字閣では法事が行われたそう。 丁字閣では法事が行われたそう。

丁字閣では法事が行われたそう。

まずは成宗の陵へ。
ヌンチム(陵寝、王が眠っているところ)まで行くのに、さらに山道?!を上っていきます。小高い丘の上にこんもりと山になったヌンチム(陵寝)が現れ、周りに石像が立っています。こちらは基本的に中に入ることができませんが、開放される時間が決まっているので、中に入りたい方は合わせて来られた方がよさそうです。
*現在(2010年8月)午前10:30、午後14:30。
こちらの陵にはこんもりとしたところを囲む屏風石と欄干石があります。
もともと「屏風石は立てるな」、という世宗の遺教により、世宗の光陵後に造成された王陵には屏風石はなかったそうですが、成宗のときから再び立てられたとか。
次に貞顕王后ユン氏のお墓へ。
3分ほど森の中を歩いて行くと、木々囲まれた丘が出てきます。こちらは開放時間などもなく、中にも入れませんが、
柵の外から眺められます。

靖陵(ジョンヌン)

貞顕王后のお墓から歩くこと約10分、公園内にある朝鮮王朝第11代王、中宗大王のお墓にたどり着きました。中宗は1488年、成宗と継妃(王の後妻)である貞顕王后ユン氏の間に生まれ、1494年に晋城大君になりました。1506年に腹違いの兄である燕山君が廃位したあと、朝鮮王朝第11代王となりました。先ほど紹介した宣陵が複陵だったのに対し、こちらは中宗大王のお墓だけ造成された単陵。もともと、1545年に第一継妃の章敬王后とともに、高陽市西三陵の禧陵に葬られたものの、第2継妃の文定王后によって宣陵東側の丘に移されたとか。こちらは門と丁字閣、陵寝が一直線上になっています。

齋室(チェシル)


法事の準備や王・王妃の休憩のために使われた部屋。
いかがでしたか?お墓以外のエリアはまさに森の中のようで、思ったより広く、一周ゆっくり見て回ると約1時間ほど掛かりました。皆さんもユネスコ世界文化遺産にも登録されている韓国の史跡、宣陵・靖陵を見学しにいってみてくださいね。駅からも近く、アクセスも便利ですよ。以上、ソウルナビでした!

記事更新日:2010-08-31

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上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

スポット登録日:2010-08-23

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