しばさきのキムチとバット~日韓野球考・第8回「白球は玄界灘と太平洋を越えて」

今シーズン、日本プロ野球界で快進撃を続ける一人の韓国人投手がいる。名前はク・デソン(具臺晟)。所属するのはオリックス・ブルーウェーブである。チームの成績も人気と注目度も打線の援護も、そろいにそろって低調であるため、彼の活躍に注目が集まることはないが、紛れもなく快進撃を続けている。

8月1日現在、17試合に先発登板し、5勝5敗。防御率は2.03。パシフィックリーグの投手成績第1位である。防御率が2.03ということは彼が投げる日は1試合あたり3点の援護があれば勝てる計算になるが、イチロー選手が渡米して以来、打線の弱体化が進んだブルーウェーブはその3点が取れず、勝ち星は伸びていない。だが、首位を走る西武ライオンズを相手に何度も好投し、『ク・デソンは顔も見たくない』と言わせるほどに大いに苦しめているし、何よりも防御率第一位であることには変わりない。

簡単にク・デソン投手の足跡を見てみよう。2000年、シドニーオリンピックの3位決定戦では西武ライオンズの松坂投手に投げ勝ち、1999年には所属していたハンファ・イーグルスで8勝9敗 26セーブの好成績でチームの韓国シリーズ優勝にも貢献。ハイライトは1996年で、18勝4敗24セーブ、防御率1.88で最多勝利、最優秀防御率、最優秀救援、最優秀勝率のタイトルを獲得、MVPにも輝いた。1993年のプロ入り以来、その左腕で数々のタイトルと勝利を重ねてきたスター選手であった彼は2001年、ついに念願かなって日本にやってきた。
来日当初はチーム事情からクローザー(日本語で言うストッパー。抑えの切り札のこと)をつとめたが、その2001年のブルーウェーブはイチロー選手が抜けたことから、観客数、打線の低迷につながり、彼が好投を見せるも、チームは以前にもまして注目されることがなくなってしまった。そんな苦しいチーム事情であったが、その年の6月9日(対福岡ダイエーホークス戦)には本拠地グリーンスタジアム神戸で『ク・デソン投手応援デー』が開催された。入場者には彼のダイナミックな投球フォームが描かれたバッジが配られたり、球場周辺のスロープでは韓国物産展も開かれ、試合前には、この日のために韓国から呼ばれた歌手のテ・ジナ氏がこぶしを利かせて演歌を熱唱した。その日もチームは2対0で敗れ、彼もリードされている場面での登板を余儀なくされたが、最終回の1イニングを奪三振2個で押さえて、面目を保ち、その日、球場に詰め掛けた約3万人のファンは大いに日曜日のデーゲームを楽しんだ。しかし、この日は試合の結果が重要ではなかった。引退試合を除いて、個人名の冠試合まで開催されたという事実が日本プロ野球史上、画期的なことであったのだ。かつて日本人初のメジャーリーガーの村上雅則氏(サンフランシスコジャイアンツ)のために、1965年に在サンフランシスコの日本人・日系人の支援で『ムラカミ・デー』が開催されたという話は聞いたことがあるが、日本でそのような一人の選手のためのプロモーションデーが開催されたことは私の記憶にはない。ク・デソン投手応援デーに続いて、球場ではハングルで『鉄腕投手』と描かれたTシャツも販売されるなど、ク・デソン投手に対するチームの期待は大きかったが、来日1年目は後半戦に先発に転向して奮闘し、オールスターゲームに出場するも、結局、7勝9敗10セーブという可も不可もなく、『良』の成績でシーズンを終えた。
そして、今年の快進撃は冒頭の通りである。ペナントレースは西武ライオンズと読売が独走し、メディアはプロ野球には秋風が吹いていると伝えている。しかし、少し視点を変えて、今年の夏はク・デソン投手の応援に球場に足を運んではいかがだろうか。グリーンスタジアム神戸はク・デソン投手の快投と名物のホットドッグとレモネードを用意してあなたを待っているはずだ。プロ野球は読売や阪神が全てではない。

ソウルの観光案内ではないが、グリーンスタジアム神戸のアゴ・アシetc.メモを簡単に記しておく。
神戸のダウンタウン『三宮』から市営地下鉄に乗り郊外にあるスタジアムまで約25分。緑に囲まれた日本で最も美しいスタジアムである。内野・外野とも美しい天然芝が敷き詰められ、客席も日本や韓国の球場に見られる観客の視界を遮る内野フェンス上の高い防球ネットが2001年に撤去され、さらに見やすくなった。また、駐車場も広く、車での来場もOK。夏休み期間中は5回裏終了時に花火を打ち上げるサービスも実施される。食べ物も今年から売店のメニューがリニューアルされ、アメリカンス
タイルのホットドッグ、本格中華に本格イタリアンなど、今までの『高くて、不味くて、量が少ない』という日本の野球場の常識を覆すメニューが揃っている。チケットは当日券で間違いなく問題ないが、神戸市内の各所で配られる割引券や各種割引サービスデーを利用すると格安で入場出来たり、球場内売店で使えるクーポン券が付いてくる(詳しくは球団の公式ページwww.bluewave.co.jpにて)。試合が始まると、LGツインズ並みのCGを駆使した映像が大型スクリーンに映し出され、ウグイス嬢ではなく
男性のアナウンサーがスタジアムの雰囲気を盛り上げる。食べ物の美味しさとスタッフの対応の良さ、球場の快適さは、汚い甲子園や息苦しい東京ドームなど足元にも及ばない(比べるのも失礼である)。もっとも、野球を楽しむにはこれ以上の環境は日本にはないのだが、現在、グリーンスタジアム神戸にないのは素晴らしい球場を埋める観客とスター選手だけというのが深刻な悩みの種でもある。

なお、ク・デソン投手は先発ローテーション投手なので、週一回のペースで登板する。パシフィックリーグは先発投手を前日に発表するので、テレビや新聞でチェックすると良いだろう。

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2002-06-08

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