しばさきのキムチとバット~日韓野球考・第16回「がんばれベアーズ2006『一年振りに蚕室野球場でプロ野球観戦!』」

第16回「がんばれベアーズ2006『一年振りに蚕室野球場でプロ野球観戦!』」

2006年9月23日(土)LGツインズ対斗山ベアーズ@ソウル蚕室野球場

一年振りに蚕室野球場に帰ってきた。1997年8月2日に韓国で初めてプロ野球観戦をしたときと同じカードであるLGホームゲームのLGツインズ対斗山ベアーズ(当時はOBベアーズ)のソウルのライバル対決である。当時は大学3年生で、高麗大学の語学堂で一ヶ月弱の韓国語教室に参加するためにソウルにやってきて、翌朝から授業だというのに寄宿舎で一緒に野球を見に行ってくれる仲間を探して、来韓二日目にして野球場に出かけた。韓国プロ野球の人気は、今とは違い観客も多く熱気にあふれ、チケット売り場で5000ウォンする一般席のチケットをソウルっ子の列に並んで買って、韓国語もあまり話せないまま三塁側内野席の上のほうで江南の高層ビルと天然芝がカクテル光線に照らされるダイヤモンドを見下ろしていた記憶が蘇る。
しかし、2006年の今回は、私はサラリーマン7年目、韓国語は『野球の話題と観光旅行ではあまり不自由しない程度』になり、隣には嫁さんが付いてきてくれている。さらに、昨年から懇意にさせて頂いている斗山ベアーズのチョ・ソンイル次長に連絡をしたら、ネット裏のテーブル付きVIP席を準備して歓迎してくれた。私の韓国プロ野球ファンとしての10年は日本経済の『失われた10年』とは違い『貰いっぱなしの10年目』である。
どうして、そんなに感慨にふけっていたのかと言うと、金浦空港から市内への道路が大渋滞だったから、ふけっている時間が沢山あったのである。10月初めにある旧盆(秋夕)の前にお墓参りを済ませるのが韓国の風習らしく、漢江沿いの道路もノロノロ運転の列が続いていた。15時半に飛行機が着陸してから、明洞にあるイビスホテルに到着したのがなんと18時前。仁川空港と違って都心から近い金浦空港と市内の所要時間は、通常であれば一時間程度の距離である。パック旅行の悲しさであるキムチ&お土産店経由、明洞の手前での反戦デモ交通規制による時間ロスを考慮してもどんな渋滞であるか想像して頂けるかと思う。仕事で世話になっているソウル本社の人たちとは17時半に蚕室野球場レフト側外野席下のグッズショップ『ベアーズハウス』で待ち合わせをしていたのに、約束時間どころか試合開始の18時半にも間に合いそうになく、車中から携帯電話で19時頃になると連絡を入れた。嫁さんがソウルナビを見て予約したSKテレコムの携帯電話がいきなり大活躍である。ソウルナビで予約をすると割引サービスまであるらしい。便利な世の中になったものだ。

ホテルに荷物を置いて、結婚祝いにチョ・ソンイル次長から頂いたベアーズユニフォーム(#13ソン・シホン選手、#26キム・ソンベ投手の実使用ユニフォーム)を持って地下鉄に乗り込む前に、これまた新兵器『Tマネー』の登場である。携帯ストラップの中にICチップが入っていて、日本のJRの『スイカ』や『イコカ』のように地下鉄の自動改札機にワンタッチをするだけで改札を通過できる優れものである。Tマネーは7000ウォン。コンビニでチャージが出来る。とりあえずホテル近くの『Buy the way』で購入し、5000ウォンずつチャージして地下鉄二号線の乙支路入口駅から蚕室野球場がある総合運動場駅に向かうことにした。
球場に到着したのは19時を回っていた。とりあえずベアーズ球団事務所のチョ・ソンイル次長に電話をしたところ、球場の正面入り口(関係者用通用口)前に迎えに来て頂いた。首に『LGツインズVIP席通行章(遠征チーム用)』をかけてもらってネット裏特等席に入場させてもらう。キャッチャーのすぐ後ろでテーブル付きというとんでもない特等席である。一旦、席に着いてから会社の友達に『遅れてすいません。今、球場の中なんだけど・・・』と電話をしたら『どこにいるんだ?何?中にいる?外で待ってたのにひどいじゃないか!』と怒られた。ごもっともである。しかし、チョ・ソンイル次長と外で待ってた彼らを迎えに行って特等席に招くと、怒りはどこへやら。『わー!こんな良い席は初めてだよ!』と喜んでいた。
座席は良かったのだが、試合の決着は既に着いていた。チョ・ソンイル次長の説明によると『今日の試合のいいところは全部出てしまったようなもんだね。何しろ1回の表に斗山が1番から8番まで8連続安打で9点。こんな試合は滅多にないよ』。スコアボードの1回表のところには大きく『9』の文字が刻み込まれていた。LGも1点返したようだが、試合開始から30分の遅刻だったのに、2回終了時点で9対1。ベアーズの怒涛の攻撃も見たかったが、こういう日は試合よりもお喋りと食事をメインに気楽に観戦できる。会社の人に結婚式や新婚旅行の写真を見せたり、お土産をあげたり、嫁さんにソウルナビのレポート用に写真を撮ってもらったりしながら、ベアーズ圧勝のまま試合は進んでいく。時折、ファウルボールが座席近くに飛んできたり、ベアーズの主砲キム・ドンジュ選手がレフトに美しい放物線を描くホームランを打ったりして盛り上がるが、実に気楽な野球観戦である。
スタンドは気楽だったのだが、一人、この球場内で必死だった人がいた。ベアーズの先発投手であるキム・ミョンジェ投手。今シーズンは未勝利で11連敗中だったのだが、この日は打線に大量援護を貰って余裕のピッチングで今季初勝利。高卒一年目の昨年は8勝したのだが、今シーズンは好投しても勝利投手になれない日々が続いていた。私がキム・ミョンジェ投手に勝運を運んできたようで、ベアーズファンの私にとっても嬉しい試合となったのだが、翌日、キム・ミョンジェ投手のお母さんは息子の初勝利を祝って関係者に『初勝利記念餅』を配ったそうで、私もチョ・ソンイル次長を通じて頂いた(ありがとうございました!めっちゃ美味しかったです!)。お母さんの喜びっぷりが良く現れているが、韓国では嬉しいときにはお餅を配る習慣がある。私の勤務する韓国企業でも売り上げ達成や大型プロジェクト受注の折には餅が配られる。こういうエピソードはいかにも韓国プロ野球らしい。
結局、試合は9時半前には終了。最終的にはベアーズが14対4で快勝。公式入場者数の18,331人の観衆の多くは試合中に帰宅するような試合となったが、私たちは最後まで試合を楽しみ、夜のソウルへ一杯ひっかけに向かった。

2006年9月24日(日)LGツインズ対斗山ベアーズ@ソウル蚕室野球場

『天高く馬肥ゆる秋』という日本語があるが、韓国語でも『秋の空(カウル ハヌル)』といえば美しい空のことだという。昨日、金浦空港まで迎えに来たガイドさんが言っていた。この日のソウルの空は本当に美しかった。朝、明洞にあるホテルの窓から見えた青い空にまっすぐ伸びる南山タワーに、思わず妻と見とれてしまったくらいである。朝8時過ぎにホテル近くにあるお粥屋で私は『野菜粥』、妻は『牛肉と椎茸の粥』を食べ、9時半から明洞にある写真館『Its me』(妻がソウルナビを見て予約した)で韓服を着て写真を撮った。11時頃に写真撮影を終えて外に出たら、明洞の街がちょうど目覚めてきた。太陽も高いところまで昇っていたが、夏のようなギラギラした日差しではない。ソウルの秋空は美しい。
午後1時過ぎに球場のある地下鉄二号線総合運動場駅に着いた。キムパップ(海苔巻き)売りのおばさんたちが腰掛ける出口の階段から見える空は明るい。『中は高いよ!水もこっちで買う方が安いよ!』と叫ぶおばさんから海苔巻きを二つ買って階段を上り(ひとつ1,000ウォン)、外野席下のグッズショップ・ベアーズハウスに向かった。ベアーズの熊のマスコットがお気に入りである妻にTシャツ(定価10,000ウォン。私はベアーズクラブ会員なので割引で7,000ウォン)を買う。試合開始前の球場をぐるっと回って、斗山ベアーズのチョ・ソンイル次長に電話。球場関係者口の前に迎えに来て頂いた。この日も首から『LGツインズVIP席通行章(遠征チーム用)』のパスを下げてもらった。『今日は日差しがきついから、前の方のテーブル付き席ではなく、放送席下の庇がある座席が良いでしょう』と言って案内された席は、この日の試合を放送するMBC-ESPNの放送ブースのすぐ下。フィールドの天然芝と青い空が本当に美しく見える。日差しは明洞を出たときよりもきつくなっている。チョ・ソンイル次長は紙製のサンバイザーを持ってきてくれた。その紙製サンバイザーには1995年OBベアーズ韓国シリーズ優勝記念の熊のマスコットが描かれていた。
この日の試合はLGツインズの今シーズンの本拠地最終戦であり、人気選手だったソ・ヨンビン内野手とベテランのキム・ジョンミン捕手の引退試合も兼ねていた。1990年代、LGツインズは、観客動員100万人は当たり前の人気球団であった。その1990年代を支えた選手の引退である。当時はビールのブランド名を球団名にしていたOBベアーズとのソウル対決には常に満員の観客が詰め掛けていたという。チョ・ソンイル次長が出してきたサンバイザーは1990年代を懐かしむ演出のようにも見えた。観客席も試合開始が近づくにつれて、当時のような満員とまでは行かないものの、多くのファンが詰め掛けてきた(発表は29,602名)。
今季は最下位に沈んでいるLGツインズだが、今日は負けられない試合である。一方、プレーオフ進出を賭けて、起亜タイガースと熾烈な4位争いをしているベアーズにとっても負けられない試合である。いつものように愛国歌を歌って、プレイボール!しかし、緊張感はあまり感じられない。それは座った座席のせいかも知れない。
この日、私達が陣取った席には韓国野球委員会がファンサービス向上のために募集した大学生マーケッター(モニター)の女子大生が5、6人くらい来ていた。大学生マーケッターとは、人気が低迷する韓国プロ野球を大学生の視点から改革しようという企画である。開幕前に韓国野球委員会が募集した。選ばれた大学生は球場に通い、レポートを提出する。日本の球団にもそういう企画があってもいい。説明が長くなったが、私たちの席の近くの女子大生はやっぱり女子大生。『お喋り大好き、お菓子も大好き、格好良い男の子も当然大好き!』といった感じである。そのあたりは日本と同じである。試合中も野球と関係ない話もたくさんしながら楽しそうに観戦していた。
試合の方は、ベアーズ先発のベテラン左腕投手であるイ・ヘチョン投手とツインズのチョン・ジェボク投手の好投で淡々と進んでいく。やや横手から飄々と投げてくるイ・ヘチョン投手のピッチングは、かつて広島や近鉄で活躍した清川栄治投手や阪急ブレーブスの中継ぎ投手だった森浩二投手を髣髴とさせる。4回にベアーズがベテラン内野手のアン・ギョンヒョン選手のタイムリーヒットで先制するも1-0のまま5回が終了。ここでソ・ヨンビン内野手とキム・ジョンミン捕手の引退セレモニーがあった。
ベアーズのマーケティングチームのキム・ジョンギュンチーム長が『前の方で写真を撮ってきたら良いよ』というので嫁さんとバックネットのすぐ後ろまで見に行くことにした。引退セレモニーは日本でもあるが、試合中に20分近くもかけてやるのは見たことが無い。スコアボードに過去の名場面や有名著名人のメッセージが流され、花束贈呈や記念品の贈呈が続いた。ソ・ヨンビン選手の夫人が芸能人だったとかで芸能人も花束贈呈にやって来ていた。筆者はよく知らないのだが、『冬ソナ』でチェ・ジウの恋敵役だったパク・ソルミだと妻が教えてくれた。一方のキム・ジョンミン選手は妻と娘が花束を渡して、ひっそりとお父さんの引退を見守るような雰囲気。5回の攻撃では前打者のソ・ヨンビン選手がダブルプレーになるショートゴロを打ってしまったおかげで、現役最後の打席が目前でキャンセルされてしまったりして、セレモニーでも試合でもすっかりソ・ヨンビン選手の陰に霞んでしまった感じである。キャッチャーというポジションはやはり日陰が似合うのか。そういえば、日本にも『私は月見草』と言っていた名キャッチャーがいたっけ(今、東北楽天イーグルスの監督やってる方です)。

引退式も終わり、試合は後半戦へ。試合は相変わらず淡々と進むが、女子大生のお喋りは面白い。チョ・ソンイル次長との掛け合いはお腹が痛くなるほど笑った。だいたいの内容はこんな感じである(筆者が関西人なのでニュアンスを伝えるため、韓国語を関西弁に直させていただく)。
チョ次長『君らもたまには彼氏でも連れてきてもええぞ』
女子大生A『そんなん言うても彼氏おれへんねんもん!』
チョ次長『合コンでもして、一緒に野球に行こって言うたらええやろ』
女子大生B『うーん、でも野球に関心ある男の子はあんまりおれへんもん』
女子大生C『それより、チョ次長がかっこええ人紹介してぇな』
チョ次長『野球選手は大変やぞ。せや、昨日、投げたK投手はどうや?』
女子大生達『うーん。まだ高校出て二年目やんなぁ。』
チョ次長『やっぱりタイプちゃうんかいな。今年売り出した一番センターのL選手は足は速いけど、顔はフィリピン人みたいやしなぁ。キャッチャーのH選手はかっこええけど、結婚しとるし、かわいい顔したショートのS選手も彼女おるしな。XX女子大の学生や。ウチの独身選手はあんまりかっこええのおらんわ』
女子大生C『LGはxx選手をはじめとしてかっこええ選手多いで』
チョ次長『なぁ、Aさん、CさんをLG側に送ったってくれ(笑)背信者いうて』
女子大生B『わたしは別に野球選手やなくてもええねんけどなぁ』
チョ次長『職員は選手より儲からんぞ(笑)。でも、ここの座席案内やビールの売り子やってる学生でもかっこええのんおるやろ?そのへん攻めてみたらどや?』
女子大生A『あっ!あのビールの男の子やろ?』
女子大生C『知っとお!知っとお!私らはあの子にめっちゃ関心あんねんけど、彼は私らに関心ないみたいやねん。横を通っても、こっちの方、ちーっと見てへんもん(苦笑)』
チョ次長『ははは!しゃぁないやっちゃ』

女子大生がお喋りに夢中になっている間に、ついにベアーズにチャンス到来である。7回表、先頭の5番ホン・ソンフン捕手のヒット、6番が送って一死二塁。代打のベテラン、チャン・ウォンジン選手はピッチャーゴロに倒れたものの、まだランナーは得点圏。8番のソン・シホン選手のところでLGはキム・ミンギ投手をリリーフに送る。チョ・ソンイル次長は『キム・ミンギの別名は火(プル)ミンギ!火がつくぞ!たくさん点をくれるよ』と喜ぶ。ベアーズはソン・シホン選手の内野安打、コ・ヨンミン選手のバント安打などで4点を追加する。女子大生たちもお喋りをやめて、手を叩いたり応援歌を歌ったりの大騒ぎである。
その後、8回にLGが二点を返したものの、ベアーズが快勝。途中までは接戦だったが、最終的にはプレーオフ進出を賭けて戦う斗山ベアーズが最下位のLGとのモチベーションの違いを見せ付けた。試合終了後、一塁側のLG応援スタンドは日陰になり、3塁側のベアーズダッグアウトはじりじりと夕日に照らされていた。その風景は今シーズンの両チームを象徴しているように見えた。

<その後のベアーズ>

10月2日まで起亜タイガースと熾烈な4位争いを続けたが、残り2試合で迎えたソウルでの韓火イーグルス戦で敗戦し、起亜タイガースがロッテジャイアンツ相手にサヨナラ勝ちした瞬間にポストシーズン進出の夢が断たれた。ワールドベースボールクラシックで主砲のキム・ドンジュ選手が肩を骨折してシーズンの大半を棒に振り、エースのパク・ミョンファン投手も肩痛で戦列を離れる中で若手への世代交代を進めてポストシーズン進出に後一歩と迫ったキム・ギョンムン監督の采配は高く評価されてもいい。最終成績は63勝60敗3引分で5位。順位は5位だったものの、観客動員は球団創設初の1位(63試合で726,359人。一試合平均は11,530人)。チョ・ソンイル次長をはじめとするファンサービス部門のスタッフの頑張りと戦力以上の健闘を見せた選手たちの勲章である。このシーズンオフはショートのレギュラーであるソン・シホン内野手(2005年ゴールドグラブ賞)、中継ぎのキム・ソンベ投手(2005年8勝)、シュアな打撃を見せるイム・ジェチョル外野手、控え捕手のヨン・ドッカン捕手が二年間の兵役で軍隊に入隊し、先出のキム・ドンジュ選手とパク・ミョンファン投手はFAとなり他球団移籍か日本進出の可能性がある。

<大学生マーケッターとは?>

文中に出てきた大学生マーケッターについて少し説明しておこう。2005年に始まった大学生マーケッター制度は、全盛期の半分程度になってしまった観客動員をテコ入れするために韓国野球委員会が創設した。各球団10名ずつを募集し、選ばれた学生は全本拠地球場に入れる年間パスを支給され、職業訓練、スポーツマーケティング教育を受ける機会も与えられて、ファンサービスに対する市場調査や各種行事に参加する。日本の球団でも女性ファンを集めてファンサービスのアイデアを出させるところがあるが、こんなに本格的なものではなく、せいぜいお茶会程度の集まりである。韓国プロ野球の観客動員につながることを期待したい。

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2006-10-19

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