しばさきのキムチとバット~日韓野球考・第20回「がんばれベアーズ2007」

第20回「がんばれベアーズ2007」

最近、韓国プロ野球が可愛くて仕方がない。メジャーリーグは私が見なくても、NHKが面倒を見ている。日本のプロ野球は、昨年のファイターズの優勝で、パ・リーグが毎年違うチームで4連覇を達成し、読売ジャイアンツの衰退がしっかり確認できたから、しばらく見なくても安心・・・というわけで、メジャーリーグと日本プロ野球に注いできた時間と金は自然と韓国プロ野球に振り向けられているのである。例年は夏を迎える頃にソウルに行きたくなるのだが、シーズンオフから蚕室とベアーズが私を呼んでいる気がしてそわそわしてしまっていた。Naver(韓国の情報サイト。プロ野球の生中継動画も無料で楽しめる)で毎日、韓国プロ野球のニュースをチェックしていたから、予習もバッチリである。もう、蚕室野球場に行くしかない。そんな時に、ミュージカル好きの嫁さんが『ライオンキング(日本の劇団四季がソウルで公演中)』に行きたいと言う。トッポッキ、サムゲタン、ロッテマート、斗山ベアーズ、ライオンキング、夫婦揃ってソウルに来いと韓半島が呼んでいる。たまらず、嫁さんとソウルナビを見て飛行機とホテルと携帯電話を予約したのは日本のオープン戦が関東に来るよりも早い時期だった。

4月13日金曜日。前日の残業のおかげで仕事は早目に切り上げることができたので、余裕を持って午後8時発KE6710に乗り込むことができた。16日の月曜日は有給休暇を取ってあるので、金曜日の晩から月曜日までしっかりソウルを満喫すべく、金浦空港に降り立った。ソウル市内のホテルに入ったのは午後11時を過ぎていたが、夫婦揃って元気一杯であった。翌日のミュージカルとソウルでの休暇に興奮していたのか、このまま寝るのも勿体なく感じたので、東大門市場に散歩に出かけ、チキンを買って帰り、テレビでプロ野球の録画中継を見ながらチキンにかぶりついた。さすがに疲れたのか、試合の最後まで見ないうちに眠っていた。

4月14日は朝から南山タワー(ソウルNタワー)に向かった。朝のソウルをタワーから見下ろす。明洞は眠っているがビジネス街は動き始めている。タワーの足元には桜と山つつじ、レンギョウが咲いている。ソウルにも春が来た。今年は、日本ではゆっくり花見をする時間がなかったが、ソウルで桜を見ることができた。ソウルで見る桜も良いものである。 午後に知人に会う用事があり、その後、午後4時過ぎに蚕室野球場へ向かった。今年から週末の試合は午後5時開始になっているのを忘れて、『ライオンキング』を午後6時半開始の公演で予約を入れてしまったために、試合は30分くらいしか見られないが、ベアーズのチョ・ソンイル次長へ挨拶に伺った。チョ次長は今年からファンサービス部門から広報部に異動となったために、ずいぶんとお忙しそうだったが、2007年度ベアーズファンブックと観戦ガイドブックを持ってきて座席まで案内して下さった。嫁さんが芝生を見て『わっ!きれいな芝生!』と声を上げた。『芝生がきれいだろ。ケンタッキーブルーグラスだよ』チョ次長が自慢気な笑顔を見せた。蚕室野球場の天然芝が変わったことは知っていたが、想像以上の美しさに息を呑んだ。青い空、緑の芝生。人工芝に曇天模様の屋根しかない東京ドームよりも贅沢である。試合の途中で席を立たなければならないのは残念だが、この日は熊よりライオンを優先させなければならない。総合運動場駅から2駅先の蚕室駅にあるシャーロット劇場へ向かうことにした。劇団四季の韓国版『ライオンキング』は素晴らしかった。
日曜日、今日はいよいよライオンではなく熊の日である。実はベアーズはこの日まで5連敗中で1勝6敗。私の期待とは裏腹に最下位に沈んでいる。昨年は貧打で『二点(トゥチョム)ベアーズ』と野次られたが、今季は打線が喰らい付いても救援投手陣が逆転を許すパターンで連敗を止められない。内野の要のソン・シホン選手が軍隊へ行き、左のエースだったイ・ヘチョン投手も開幕直前に入隊が決まった。エースのパク・ミョンファン投手はFAでLGツインズへ去った。苦しい戦いになることは予想できたが、運にも見放されたような開幕一週間である。
試合開始1時間半前に球場に到着。いつものようにグッズ売り場探索と食糧確保を開始する前に、面白い光景を目にした。入場券売り場の横にベアーズのユニフォームを身に付けた数人のグループが応援歌を歌っていた。そして、よく見ると中央には豚の頭が置いてあり、壁に貼り出した球団旗に向かってクンヂョルという韓国式土下座をしていた。5連敗を止めるには、もはや神頼みといったところか。あまりの真剣さ加減が面白かったので写真を撮るのも忘れて見ていたのだが、あの豚の頭はどこで買ってきたのだろうか。豚の頭を持って地下鉄に乗ってきたのだろうか。
豚の頭に笑ったあと、続いて球場外壁にあるケンタッキーフライドチキン前の人だかりが出来ているのを発見する。「オリジナルチキン4個、バーガー2個、コカコーラ1本、それからオリジナルクッションが付いて今なら1万2千ウォン!!いらっしゃい、いらっしゃい!」と店員が呼び込みをしている。食料はチキンに決定したが、かさばるクッションは日本に持って帰るべきか・・・という新たな問題が浮上した。続いてベアーズハウスへグッズを調達しに行ったのだが、家にあるものばかりで新たにゲットしたいと思わせるものもなく、チョ・ソンイル次長に電話して入場することにした(つい財布の紐が緩みそうになる新しいベアーズグッズの開発を望みたい)。
今回も座席はネット裏のテーブル付き特等席。天気は快晴。試合開始前のSKワイバーンズの練習を見ていると、懐かしい顔を発見した。元・阪急ブレーブスの名二塁手、引退後はブルーウェーブや阪神でコーチを務めていた福原峰夫氏、西武ライオンズで必殺仕事人と呼ばれるくらい勝負強い打撃を見せていた大田卓司氏、西鉄ライオンズや読売で投手として活躍した加藤初氏、3人の日本人コーチ達が慌しく選手に指導していた。特に福原コーチは、私が小学生の頃から大学時代まで、球場で現役からコーチ時代まで見続けたので感慨深いものがあった。福原コーチは現役時代から変わらないスリムな体で熱心にノックを打っていた。SKのキム・ソングン監督も、昨年までの3年間、千葉ロッテマリーンズでコーチを務めていたので、今季のSKは一気に気になるチームとなった。
福原コーチのノックも終了し、グラウンド整備が行われる間に、一塁側入場口にあるベアーズクラブ受付に来場ポイントを付けに行った。それから、先ほどは『ゲットしたいものがない』と言っていたくせに、やっぱりグッズコーナーも気になるので、再びチェックすることにした。すると、新しい商品を発見した。日本でもここ数年、各チームで人気が定着してきた『選手仕様グッズ』である。選手と同じく『斗山重工業』というスポンサーロゴも袖に付いているユニフォーム7万ウォン(ネーム、背番号は好きなように入れられる)、フィールドに居る選手と全く同じ帽子2万ウォン。他には試合球に直筆サインが入ったサインボール、ベアーズのウェアやシューズを提供しているFILA社のリストバンドや手袋もある。帽子を買おうとしたら「すいません。ここの商品は、全て受注生産なので売り場にある帽子も見本なんです。ユニフォームやリストバンドなどは持って帰ってもらえる物もあるのですが。今、注文されると入荷が2週間後なので・・・残念ながら、明後日の飛行機で日本に帰られるのでは間に合いませんね。」という返事。残念。
気を取り直してスタンドに戻ると、プレイボールの時間が迫っていた。いつものように愛国歌を歌ってプレイボール!スコアボードの時計は17:00と表示されていた。この時点では、まさか、スコアボードの時計が21:52となるまで帰れなくなるとは想像もしなかった。韓国での観戦試合数は、ちょっと数えるのが面倒なくらい見ているが、我が韓国観戦歴での最長ゲームとなった。シーソーゲームで延長12回までもつれた4時間52分。長い長い試合は、SK『5億ウォンの高卒新人左腕』キム・グァンヒョン投手、斗山はシーズン前に軍隊を除隊されて戦列に戻ってきたイ・ギョンピル投手の先発で始まった。
1回にベアーズが先制するも、2回にワイバーンズが逆転して1-2。3回にベアーズが3点を取って逆転し、4-2。今日こそ5連敗脱出かと期待感を持ち始めた5回。SKは3連打に始まって、エラー、ホームランと畳みかけて一気に5点を入れて再逆転。4-7。美しい芝生もベアーズ内野陣にとっては不慣れなようで、記録上はヒットでもエラーのようなヒットも含めると目を覆いたくなるプレーが多く見られた。この日はベアーズのみならず、SKにもエラーが続出した。さらに暴投、パスボールも続出し、乱戦に拍車をかけた。ベアーズは、名ショートのソン・シホン選手が軍隊に入隊し、守備力の低下が懸念されていたが、開幕直前に芝生の張替え工事が終了したために、新しい芝生でオープン戦を一試合も戦っていないことも原因かも知れない。事情はあるにせよ、『日本の野球って上手やなぁ』とつぶやいた嫁さんの一言に反論できないのが情けなかった。
兎も角、この日もベアーズの敗色ムードが漂い始めた蚕室野球場。しかしながら、日本から来たファンに無様な姿だけを見せて帰すわけに行かないと思ってくれたのか、7回裏に反撃を開始した。9番ナ・ヂュファン選手(後日、SKにトレードされた)の二塁打から始まって、3安打で二点を返して6-7とするも、あと一点が遠い。結局、そのまま試合は9回裏へ。
9回裏。ベアーズは捨て身の代打攻撃を開始する。先頭打者から代打で長打力があるチェ・ヂュンソク選手が登場してヒットを放ち、続く代打のイ・ヂョングッ選手は送りバントを決めた。そして、これまた代打のアン・サンヂュン選手の二塁打で同点に追いつく。7-7。1アウトでランナー2塁。打順は2番。雰囲気はイケイケである。このままサヨナラ勝ちで終われば、新堂洞のトッポッキタウンにでも行こうかと嫁さんと盛り上がるも、2番ユン・ヂェグッ選手が敬遠された後、3番のキム・ヒョンス選手が二塁ゴロ併殺に終わってしまった。延長戦突入である。この時点で、既に3時間半以上経過し、SKは6人、斗山は7人の投手を投入していた。
延長10回は両軍無得点に終わったものの、延長11回表にSKに1点勝ち越されてしまい7-8。リリーフエースのチョン・ヂェフン投手も9回から3イニングも投げて力尽きたのか。もはやこれまでと思われたが、11回裏に、またまたベアーズは信じられない粘りを見せた。 11回の裏、打順は7番で投手のチョン・ヂェフン。なぜ、指名打者制のある韓国で投手に打順が回るのか?9回に捨て身の代打攻勢をかけたときに捕手に代打を出してしまい、指名打者で起用していたイケメンスター選手のホン・ソンフンを捕手として守りに就かせなければならなくなり、指名打者を使えなくなってしまったのだ。投手のチョン・ヂェフンにはもちろん代打が起用される。しかしながら代打は3日前に先発した投手のクム・ミンチョル投手。野手を全て起用してしまい、ベンチには投手しか残っていなかったのだ。ベンチのミスと言わざるを得ない。1991年にブルーウェーブに居たアメリカ人投手のドン・ シュルジーが、日生球場で行われた近鉄バファローズ戦の延長戦でホームランを放ち自分自身で試合に決着を付けたことがあったが、この時も野手が残っていないために、仕方なく打席に立っただけだった。そして、仕方なくクム・ミンチョル投手が打席に立った。左前に居たオジサンは怒ってテーブルを叩いて叫んだ「XXXX!XXXX!今日は終わりだ!」 ところが、クム・ミンチョル投手は闘志満々にSKのベテラン投手チョ・ウンチョン投手に相対し、なんと四球をもぎ取る。600数試合以上登板という韓国プロ野球記録を更新し続けるベテラン投手であるチョ・ウンチョン投手も、投手が相手では投げにくかったのか。ノーアウトでランナーが出たが、もちろん代走は出せない。続く8番打者の送りバントで二塁に進んだクム・ミンチョル投手のユニフォームは既にスライディングで泥だらけである。さらに9番打者の放った打球がボテボテのゴロでレフトに抜けそうなヒット。ショートが何とか打球に追いつく。クム・ミンチョル投手は勢い良く3塁ベースを回るも、コーチに止められ慌てて3塁ベースにヘッドスライディングで戻る。高校野球のような気合である。打順は1番に戻る。9回に同点打を放ったアン・サンヂュン選手である。期待が高まるが、打球は平凡なサードゴロ。クム・ミンチョル投手が本塁に頭から突っ込む。タイミングは微妙だったが送球が悪くセーフ。8-8。また同点である。さっきまで怒っていた前のオジサンも笑って小躍りしている。その後も2アウト、ランナー1、2塁と攻め立てるが、結局は同点止まり。
延長12回。韓国プロ野球の規定では、泣いても笑っても最終回である。泥だらけのクム・ミンチョル投手がマウンドに上がる。3塁フライと三振で簡単に2アウト。ところが、さっきの走塁でエネルギーが消耗していたのか。続く打者にセンター前ヒットを許す。さらに、パスボールでランナーは得点圏に進む。2アウト、ランナー2塁。バッターは2番打者のパク・チェサン。カウント2ボールからクム・ミンチョル投手は気合で投げ込む。打球は一塁線、絨毯のような芝生の上に弱々しく弾む。クム・ミンチョル投手が打球を拾い、一塁手へ投げて、ベアーズの負けはなくなった・・・はずだったが、送球が逸れてライト方向へ。ライトが拾ってホームへ投げるもランナーが一足早く生還して8-9。 ベアーズにもクム・ミンチョル投手にも、もう力は残っていなかった。12回裏2アウトから、今日二打席目に立ったクム・ミンチョル投手はセカンドゴロを放つも、足がもつれて一塁ベースまで走れず座り込んでしまった。何とも痛々しい姿だった。豚の頭も、クム・ミンチョル投手の闘志も勝利を呼ぶことが出来ず、ベアーズは6連敗となってしまった。時計は21:52。春とはいえ、まだソウルの夜は寒い。蚕室野球場には冷たい風が吹き始めていた。
その後、このまま今年は沈んでしまうのかと思われたベアーズは借金をコツコツと返して、5月12日には6連勝で一旦は勝率を5割に戻した。今季の韓国プロ野球は、昨年の覇者である三星ライオンズの不調による低迷、万年下位のロッテジャイアンツの躍進(※5/31現在6位)により混戦が続いているが、SKワイバーンズは順調に首位を走っている(※5/31現在ゲーム差0.5の2位)。熾烈なペナントレースはまだまだ続く。韓国へ行く予定のある人は、是非、韓国プロ野球の熱気に直接触れて欲しい。野球場には、観光地では味わえない韓国が必ず見つかるはずである。
順位/チーム/試合 /勝/分/負/ゲーム差
1/韓火イーグルス/43/24 /1/18/ 0.0
2/SKワイバーンズ/45/23/4/18/0.5 
3/斗山ベアーズ/44/23/1/ 20/1.5
4/LGツインズ/42/ 21/2/19/2.0
5/三星ライオンズ/43/19/3/21/4.0 
6 /ロッテジャイアンツ/45/20/2/23/4.5
7/現代ユニコーンズ/44/20/0/24/5.0
8/起亜タイガース/46/19/1/26/ 6.5

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2007-06-01

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