石造殿 大韓帝国歴史館

ソッチョジョン・テハンチェグッヨクサグァン석조전 대한제국역사관

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華麗な大韓帝国時代の皇室の暮らしを再現した歴史館!

こんにちは!ソウルナビです。今日は2014年10月にオープンした韓国の近代歴史を伝える博物館、「石造殿 大韓帝国歴史館(ソッチョジョン・テハンチェグッヨクサグァン)」をご紹介しましょう。こちらはもともと1910年に建てられた荘厳な西洋式石造建築物でもある石造殿(ソクチョジョン)東館。以前は宮中遺物展示館として利用されていましたが景福宮に移転後、2009年から長い間復元工事が行われていました。こちらには大韓帝国皇室の暮らしぶりを再現した再現室と、パネルや映像などで当時の皇室の様子や建物を知ることができる展示室があります。100年以上前の優雅で華麗で荘厳な空間はどのように復元されたのか、ナビもとっても気になります。それではさっそく行ってみましょう~

元王宮の中にあります!


ソウルにある4大王宮のうちの一つ、徳寿宮は地下鉄1・2号線シチョン(市庁・City Hal)駅からすぐ。徳寿宮への入口、大漢門(テハンムン)の前で行われる王宮守門将交代式の再現を見たことがある方も多いのでは?「石造殿 大韓帝国歴史館」はこの徳寿宮の一番奥にあります。中に入るには徳寿宮の入場券を買う必要あり。門の脇にあるチケットコーナーへ。
徳寿宮入口の大漢門(テハンムン)

徳寿宮入口の大漢門(テハンムン)

守門将の交代式

守門将の交代式

芝生と噴水が見えてきます

芝生と噴水が見えてきます

華麗な西洋建造物

いろいろな建物がある徳寿宮。その一番奥へ進むと見えてきます。まるで古代ローマのような(?)石造りの建物が左右に二つ。柱が十何本も並んでいる東館が「石造殿 大韓帝国歴史館」。そして西館(別館)が「国立現代美術館 徳寿宮館(徳寿宮美術館)」です。
国立現代美術館 徳寿宮館です

国立現代美術館 徳寿宮館です

石造殿(西舘)との渡り廊下

石造殿(西舘)との渡り廊下


新古典主義様式、建物内はロココスタイル
「石造殿大韓帝国歴史館」は上海で活躍していたイギリス人建築家ハーディングの設計で1898年、朝鮮王朝第27代王で初代大韓帝国皇帝である高宗(コジョン)が執務と外賓との接見を目的に1909年竣工。1911年から1922年までは高宗の息子で大韓帝国の皇太子でもある英親王(ヨンチンワン)の臨時宿所として、1933年から1945年までは徳寿宮美術館・李王家美術館として使用され、そして1955年から2004年までは宮中遺物展示館(現在はに景福宮内に移転、「古宮博物館」に)として使用されました。このように波乱万丈な歴史を持つ建物なのです。
建物は石造殿という名からもわかるように花崗岩でできた新古典主義様式の3階建ての建物。イオニア式の柱がずらりと並び、中央の三角部分の花の彫刻は大韓帝国の紋章です。これは韓国語ではオヤッコッ=すももの花。建物の中は18世紀のフランス貴族の間で流行したロココスタイル。優美でゴージャスな造りは、ここが韓国であることを忘れてしまいそう!
古代ギリシャ建築の柱の<BR>スタイルの一つ

古代ギリシャ建築の柱の
スタイルの一つ

白亜の空間が

白亜の空間が

大韓帝国の紋章

大韓帝国の紋章

観覧のルールを知っておこう!


それでは中に入ってみましょう!ただ「石造殿・大韓帝国歴史館」は中に入れる時間と人数が決まっています。基本的に一部の階(地上階)を除いて観覧は徳寿宮ホームページで事前予約が必要です。でもご安心を。外国人は1回あたり先着5名までの入場が可能。1階の案内カウンターで、ウェグギン(外国人)あるいはforeigner(フォーリナー)であると伝えてください。先着なのですでに定員になった場合は別の空いている時間に改めて訪れる必要があります。

それではいよいよ中へ

いよいよ歴史館の中に入ります。ちなみにこちら「石造殿 大韓帝国歴史館」では前面にある階段を上ったところにある階を1階、その下を地上階と呼んでいます。この地上階は自由観覧で、1階と2階は受付をしてからの観覧となります。
※以下、日本式の表記では地上階が1階、1階が2階、2階が3階となりますが、そのまま現地の表記とします。

<フロア別案内>※イメージは博物館提供
☆

2階  大韓帝国皇室の家系、皇帝のライブラリー(書斎)、皇帝および皇后の寝室など
☆

1階  案内デスク、中央ホール、石造殿の建設、大韓帝国の宣布、接見室、大食堂など
☆

地上階 高宗の近代改革の紹介、石造殿の復元過程の紹介、大韓帝国の新しい文物など 

それでは、フロア別に地上階から見て行きましょう。
■□■ 地上階 ■□■

地上階はかつて皇室の使従が出入りしていた階。美術館時代は所蔵倉庫となっていました。入口は歴史館の前面にある階段の下に隠れるようにしてあり、ちょっと見つけづらいのでご注意を。「高宗の近代改革の紹介」では大韓帝国の政治・経済・軍事・社会分野における近代化の政策について、「大韓帝国の新文物」では電気・医療・教育・郵便制度などを整えていった過程や徳寿宮周辺の見所、石造殿の復元過程などが展示されています。
1階(地上階への入口)

1階(地上階への入口)

石造殿の復元過程

石造殿の復元過程

徳寿宮周辺の見所<BR>紹介コーナー

徳寿宮周辺の見所
紹介コーナー

高宗の近代改革の紹介コーナー

高宗の近代改革の紹介コーナー

大韓帝国の新文物コーナー

大韓帝国の新文物コーナー

映像での紹介

映像での紹介

郵便配達夫

郵便配達夫

復元にあたって参考に<BR>したイスのカタログ

復元にあたって参考に
したイスのカタログ


■□■1階 ■□■

中央の階段を上がり中央の扉を開けると、案内デスクが右にあります。ここで受付をしてから靴を脱いでスリッパを履き中へ。中に入ると美しい吹き抜けのホールが!これがまたゴージャス!こんな洋風ゴージャスな空間はソウルで見るのは初めてかも?!一緒にまわる人たちもうわ~すご~いを連発。壁紙、壁面装飾、カーテン、調度品すべてがゴージャス!1階は来賓用の施設が集まる階で、部屋は全部で8つあります。

貴賓待機室

皇帝接見で訪れたお客様の待機場所。クッションまですももの花マークが入ってます。 

石造殿の建立

石造殿の歴史資料によると、石造殿は建てられる前に10分の1の模型をつくったそう。その模型の大きさの復元は難しいため、小ぶりに復元。ほかに石造殿の歴史をまとめたパネルや設計図などの展示もあります。 
設計図

設計図

模型

模型


大韓帝国宣布の展示室

こちらでは簡単に大韓帝国宣布について知ることができます。大韓帝国は短命に終わってしまったこともあり、なかなかなじみのない時代。「大韓帝国」とは1897年から1910年まで使用されていた国の名前です。1897年(明治30年)に高宗が円丘壇(ウォングダン)で皇帝に即位し、清の属国という立場から脱して独立した国家をつくると宣言しました。独自の元号「光武」を定め、近代改革を目指して土地改革や産業振興に力を入れましたが、財源不足や国内の政治的混乱、そして諸外国からの圧力で挫折。やがて日本の保護下に置かれ、1910年に日韓併合となり、消滅しました。
黄色い服を着た人が高宗

黄色い服を着た人が高宗

説明を熱心に聞き入る方々

説明を熱心に聞き入る方々

この円丘壇は市庁(シチョン)近くのウェスティン朝鮮ホテル敷地内にあります。機会があれば訪れるのもいいかも  

大韓帝国陛見儀礼の展示室

陛見とは「陛下にお目にかかる」という意味。皇帝にお会いするときにどのようにあいさつをしたのかを映像でわかりやすく紹介しています。ちなみに展示室になっているところは十分な考証ができる資料がほぼないため復元が難しく、とてもシンプルな空間になっています。

接見室・大食堂・小食堂  

来賓を迎える華麗なお部屋を見てみましょう~
接見室

接見室

大食堂

大食堂

小食堂

小食堂


■□■2階 ■□■

2階は皇室の人々の生活空間がメイン。皇帝の書斎、執務や寝室、皇后が使用していたリビングルームや寝室などが再現されています。また大韓帝国皇室の家系図や家族の写真などもディスプレイされています。部屋は全部で11ほど。
皇帝(高宗)の寝室

皇帝(高宗)の寝室

皇后(高宗の側室・厳妃)<BR>の寝室

皇后(高宗の側室・厳妃)
の寝室

皇后(高宗の側室・厳妃)<BR>のリビングルーム

皇后(高宗の側室・厳妃)
のリビングルーム


大韓帝国皇室の家系図の展示

写真と図でわかりやすい説明になっています。高宗と正妃の閔妃(ミンビ、明成皇后)の間に生まれたのが第二代皇帝の純宗(スンジョン)。高宗はほかに何人か奥さんがいて、そのうちの一人である厳妃との間に生まれたのが最後の皇太子、英親王です。他にも息子の李堈(イ・ガン)、娘の徳恵翁主(トッケオンジュ)がいます。

英親王と英親王妃の展示

最後の皇太子、英親王は日韓併合後日本の王公族の一員となり、李王(りおう)と呼ばれていました。奥さんの英親王妃は李方子(イ・バンジャ)妃。日本の皇族梨本宮家出身の方です。 
結婚式の写真

結婚式の写真

英親王との結婚を伝える<BR>日本の新聞

英親王との結婚を伝える
日本の新聞


高宗の強制退位の展示

1905年に第二次日韓協約が結ばれ、大韓帝国の外交権がなくなり、朝鮮統監府が設けられることになりますが、高宗は当時の日本の不正を訴えるためにオランダのハーグで開かれていた第2次平和会議に密使を派遣しました。そのときのエピソードが説明されています。さらに詳しいことを知りたくなったら近くにある重明殿(チュンミョンジョン)に寄ってみてくださいね。
2階から眺める景色や中央ホールの吹き抜けの装飾にうっとり。当時の皇帝や皇太子たちはどんな思いで眺めていたのでしょう・・・
バルコニーからの眺め

バルコニーからの眺め

3階(2階)から見た<BR>中央ホール

3階(2階)から見た
中央ホール

階段も美しい!

階段も美しい!


いかがでしたか?展示は全体的に控えめで、当時の様子を再現したところを見てまわるという感じ。だから近代史だからと肩に力を入れなくても大丈夫です。まだ2014年10月はオープンして間もないため、ちょっとバタバタしていますが、やがて様々なサービスも充実していくと思われます。ナビ的には大韓帝国の紋章のすももの花グッズをミュージアムショップにおいてくれたらうれしいかも!徳寿宮に観光にいらしたら、是非こちらも訪れてみてくださいね!以上、「石造殿 大韓帝国歴史館」からソウルナビでした。

記事登録日:2014-11-04

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スポット登録日:2014-11-04

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