KFCの済州島旅行記 出発編

「牛島(ウド)までおいでよ」

登場人物紹介
名前 : 八田氏@K・F・C
年齢 : 26
国籍 : 日本
性別 : 男性
職業 : コリアン・フード・コラムニスト
担当 : カメラマン&旅日記係
口癖 : 写真撮るから動かないで!
別名 : 居酒屋で韓国語を学んだ男

名前 : トナリさん
年齢 : 30歳
国籍 : 韓国
性別 : 男性
職業 : 大学院生
担当 : 運転手&一気飲み振興係
口癖 : 飲まなきゃでしょう。
別名 : 5次会の帝王

名前 : スミレさん
年齢 : 28歳
国籍 : 韓国
性別 : 女性
職業 : ウェブデザイナー
担当 : 交渉係&食料確保主任
口癖 : 眠い……。
別名 : 飲み会のしんがり

名前 : 石田さん
年齢 : 28歳
国籍 : 日本
性別 : 男性
職業 : 大学院生
担当 : 会計係&済州島ガイド
口癖 : お腹減ってない?
別名 : 酒ビンを枕にする大学院生


「牛島(ウド)までおいでよ」と、石田さんから連絡があったのは7月の末ごろだった。
 ソウルに留学中の石田さんは、昨年夏に友人と出かけた済州島にいたく感動し、今年は自ら済州島旅行を計画したのである。珊瑚の浜で海水浴、おいしい済州島料理、夜通しの宴会、2日酔いにはサボテンジュース。石田さんの脳裏には魅力的なプランが次から次へと浮かんでくる。3泊4日じゃ足りないな。4泊5日にしよう。牛島に行って泳いで、城山浦(ソンサンポ)でご来光を拝んで、鍾乳洞に行って、潜水艦に乗って……。
 ところが、その計画は立てるやいなや頓挫する。なんと人がまったく集まらない。留学生の石田さんは夏休みがあるから時間の融通がきくにしても、まわりの友人たちは会社勤めが多く、済州島まで行ってくるだけの日程を取れないのだ。やっとかき集めた人材は、同じく大学院生のトナリさん。つい最近仕事を辞めて優雅な白鳥生活(無職のこと)に入ったスミレさんの2人だけであった。3人だけではいくら楽しい済州島といえども、盛り上がりに乏しい。どこかにヒマなヤツはいないものだろうか。ヒマなやつ、ヒマなやつ……。そうして白羽の矢がたったのが僕だった。
 ちなみに「おいでよ」といわれた牛島は、済州島の北東に浮かぶ、面積6平方キロメートルの島。海岸線を1周ぐるっと回ってもわずか17キロ。人口1865人という小さな島で、済州島からはさらに船に乗って行かねばならない。行くだけでも相当のエネルギーが要求される、はるか遠くの韓国である。石田さん、トナリさん、スミレさんはソウルにいるが、僕が住んでいるのは日本の東京。「おいでよ」と言われたからといって、ほいほいと行くわけにはいかない距離だ。
 「牛島まではちょっと……。」
 僕が躊躇したのは無理からぬ話であったと思われる。

「海を見ながらおいしいお酒を飲もうよ。」
 8月に入ると石田さんの誘いはさらに具体的かつ熱烈なものになった。石田さんは牛島の魅力を熱心に語り、最初は冗談だと思っていた僕の心を次第にぐらぐら揺らすようになった。牛島という島の名前は、島の形状が牛に似ていることから命名された。海から見た牛島の姿は最高に美しい。真っ白い珊瑚の砂浜もある。牛島八景と呼ばれる名勝もあり、その美しさは口では表現できない。うまいものだってたくさんある。毎晩宴会。牛島だけじゃなくて済州島観光もするぞ。さあ、どうだどうだ。
 とはいえ、日本から牛島に行くには相当の努力と資金が必要。ソウルに行くなら格安航空券があるが、牛島には空港すらない。財政上非常に厳しい生活を送っていた僕が答えをためらっていると、石田さんはついに最後の切り札を出してきた。
 「キミの大好きなスミレさんも来るんだよ。」
 「あ、行きます。」
 こうして僕は牛島に行くことになった。
ちょっとここで登場人物についての解説を入れさせていただく。「僕」こと八田氏@K・F・Cは、1999年の秋から2000年冬にかけてソウルで留学生として暮らしていた。今回旅行をともにすることになったトナリさん、スミレさん、石田さんは、その頃ソウルにある日本語勉強サークルを通じて知り合った友人である。トナリさん、スミレさんは日本語を学ぶ韓国人として、僕と石田さんは日本語を教えながら同時に韓国語を学ぶ留学生としてその会に参加をしていた。僕は2000年の冬をもって日本に帰ってきたが、そのときに知り合ったサークルの人たちとは今もメールやネット上の掲示板を通じ連絡を続けている。
 ちなみにこのサークルでは本名を使わず、ネット上のハンドルネームがそのままあだ名として定着している。したがって今回の登場人物であるトナリさん、スミレさんという2人の韓国人も当然ながら本名ではない。日本語のサークルである故に、みんなそれぞれ日本語のハンドルネームをつけるのだが、みんな外国語だと思って適当に名前を考えるため、稀に日本人としては首をひねるようなあだ名の人が登場することになる。日本絵画の勉強をしているので、写楽さん。映画『となりのトトロ』が面白かったので、トトロさん。このあたりまではまだいい。だが、生ビールがすきなので、生ビールさん。ザードのファンなので、ザードさん(30代男性)。教科書に出てくる代表的な日本人の苗字をとって、タナカさん(韓国人)あたりまでくると常識的な感覚が壊れてくる。今回登場人物として活躍する2人もスミレさんはまだわかるとして、トナリさんは「となりのトトロが面白かったのでトトロにしようと思ったら、すでにトトロがいたので仕方なくトナリのほうをとってみました」という大アホな人材である。
僕が釜山に到着したのは8月19日。ソウルに向かってもよかったのだが、釜山にいる友人を訪ねたりする関係でこちらを最初の目的地に選んだ。下関からフェリーで釜山に向かい、到着したその足でさらに夜のフェリーに乗って済州島へ。船だらけで非常にハードだが、なにしろ牛島まで行くには金がかかる。飛行機はこの時期高いので、節約のためにものんびりとした船旅を選んだ。
 ちなみに石田さんの企画した済州島旅行は20日から24日までの4泊5日。僕が19日夜のフェリーに乗れば20日早朝に済州島に到着し、ソウルから飛行機で来る3人と合流できる。僕のほうが少々早く到着するが、それまでは済州市を観光でもしていればよいだろう。出発前はそんなことを考えていた。
 ところがである。釜山のフェリーターミナルに着いてみると、予想外にも済州島行きの船がすでに満席。8月といえば済州島は観光シーズンもたけなわであるが、まさか満席になるほどとは思っていなかった。迂闊といえば迂闊だったのだろう。夏の休暇をとって済州島にわたる韓国人は僕の予想をはるかに越えて多かった。なんとかキャンセル待ちで乗れないものかと、チケット売場の窓口で交渉してみたが、そもそもキャンセル待ちすら受け付けていないとの答えであった。呆然としたまま僕は翌日のチケットを予約し、石田さんに詫びの電話を入れた。
 「石田さん、申し訳ありません。今釜山なんですけど、チケットがなくて行けません。到着は明後日の朝になります……。」
 「明後日?じゃあ、飛行機に乗っておいで。飛行機で。飛行機代くらい出してあげるから。」
 「え、ほんとですか?」
 おおっと、そいつは太っ腹。ならば飛行機で行かない手はない。フェリーなら11時間はかかるところを飛行機なら1時間弱。自腹切らなくてもいいなら、それは飛行機で行きますよ。ラッキー。
翌朝、僕は釜山の市街地から金海空港へと急ぐ。空港まではソラボルホテル前からリムジンバスに乗って1時間弱。飛行機代を出してもらえるということは、リムジンバスの料金4500ウォンだけで済州島まで飛んでいけるということ。これはありがたい。浮いたフェリー代でうまい刺身でも食べちゃおうかな。などと呑気なことを考えていると、コメカミあたりに強烈なカウンターパンチが飛んできた。
 「すいません。済州島までのチケットを1枚お願いしたいんですが……。」
 「済州島行きのチケットは全便売り切れとなっております。キャンセル待ちをなさってもけっこうですが、すでに100人以上の方がお待ちの上、朝からキャンセルで乗れた方はほとんどいらっしゃいません。残りの飛行機は4便しかございませんが、それでもキャンセル待ちをなさるというのでしたら3番窓口のほうにお回り下さい。」
 あたしは朝から何度このセリフを繰り返しただろう。チケットカウンターのお姉さんが、それはそれはうんざりした表情で一気にまくしたてた。チケットがない? 100人以上がキャンセル待ち? それも朝から乗れた人はほとんどいないだって? ここまで言われては返す言葉もない。僕は空港まで乗ってきたリムジンバスにもう1度乗り、すごすごと釜山の市街地へと戻った。4500ウォンで行ける済州島プランは瞬時にご破算となり、手元には往復9000ウォンの損失だけが残った。
夕方、すでに済州島に着いている石田さんに再度詫びの電話を入れる。
 「ごめんなさーい。飛行機のチケットもありません。これから船に乗っていくのでやっぱり到着は明日の朝になります……。」
 「…………。うん、がんばっておいで。」
 船がダメ、飛行機もダメ。予約を取って1日待たないと行くことすら出来ない。もちろん予約をしなかった愚かさはあるものの、1日に何便も出ている釜山~済州の飛行機便までもがいっぱいであるとは想像出来なかった。8月の済州島を甘くみてはいけない。
 「8月の済州は豪州より遠い」
 この言葉を痛いほど胸に刻みこんだ僕は、その日の夜ようやく済州島行きの船に乗れたのだった。

まだまだ続く

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記事登録日:2002-09-30

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