KFCの済州島旅行記 完結編【2002年】

洞窟に潜入、噴火口を見物、涙と感動のクライマックス

登場人物紹介
名前 : 八田氏@K・F・C
年齢 : 26
国籍 : 日本
性別 : 男性
職業 : コリアン・フード・コラムニスト
担当 : カメラマン&旅日記係
口癖 : 写真撮るから動かないで!
別名 : 居酒屋で韓国語を学んだ男

名前 : トナリさん
年齢 : 30歳
国籍 : 韓国
性別 : 男性
職業 : 大学院生
担当 : 運転手&一気飲み振興係
口癖 : 飲まなきゃでしょう。
別名 : 5次会の帝王

名前 : スミレさん
年齢 : 28歳
国籍 : 韓国
性別 : 女性
職業 : ウェブデザイナー
担当 : 交渉係&食料確保主任
口癖 : 眠い……。
別名 : 飲み会のしんがり

名前 : 石田さん
年齢 : 28歳
国籍 : 日本
性別 : 男性
職業 : 大学院生
担当 : 会計係&済州島ガイド
口癖 : お腹減ってない?
別名 : 酒ビンを枕にする大学院生

3日目

今日で僕は釜山に戻らなければいけない。博多の友人が釜山に遊びにくるため、明日の朝までに釜山に着いていなければならないのだ。行きと同様に釜山まで船で11時間かけて行き、日本から来る友人を迎える。他のみんなは済州島でもう1泊し、翌日の午後に飛行機でソウルへ戻る。つまり4人で行動するのは今日で最後。ならば今日は気合を入れて観光せねばなるまい。
という意見があがったのは、今までノタノタと遊びにかまけて観光らしい観光をしてこなかったということもある。済州島はあちこち見所が満載。トッケビ道路ではしゃいだり、夜中にイカを食べるだけでは済州島観光をしたことにはならないのだ。済州島を満喫したと胸を張ってソウルに帰るためにも、今日はキビキビと行動する必要がある。僕らはいつになく早起き(9時)をして車に乗り込んだ。

「お腹減ってない?」
 車に乗り込んで開口一番。石田さんのセリフである。
「ふっふっふ。昨日のうちに素晴らしい店を見つけておいたのだよ。」
 とトナリさんがガイドブックを差し出しながらにやっと笑った。トナリさんの示すページには「韓定食1人6000ウォン」の文字が光っている。
「韓定食が6000ウォン?」
 韓定食といえば高級料理の代名詞。テーブルいっぱいにずらりと料理がならぶため、6000ウォン程度では食べられるはずがない。宮廷料理の流れを汲む韓定食であれば、普通1人前数万ウォンは覚悟しなければならない。にも関わらず、このガイドブックにはでかでかと6000ウォンと銘打たれている。そしてこの韓定食。メニューも併記されているが、そのラインナップがまたすごい。済州島黒豚、韓牛ユッケ、鯛、ヤリイカの刺身など、韓定食の中に済州島の名物が組み込まれているのである。これは期待できそうだ。
「それは安い。ぜひ行きましょう。」
眼鏡の奥で石田さんのギョロ目がキラーンと光った。

が、期待に反して6000ウォンの韓定食はやはり6000ウォンのものだった。テーブルいっぱいに並んだ料理もガイドブックで紹介されていたものより微妙にグレードが下がっていた。もともと1食の皿数が多い韓国であることを考えると、ちょっとアタリの夕食くらいの韓定食でしかない。ヤリイカはスルメイカだったし、鯛はクロソイに化けていた。
「済州島の料理って、イマイチじゃない?」
 店を出た直後にスミレさんが僕の耳元で言った。
「うーん。確かに。でも済州島料理にはもっとおいしいものがあって……。」
 と僕が言いかけたところで石田さん。
「いやあ、うまかったねえ。最高だった。特に黒豚。最高だったねえ。」
 空腹こそ最大の調味料。僕とスミレさんは黙って車に乗り込んだ。
腹ごしらえを終えて観光に出発。最初の目的地は萬丈窟(マンジャングル)という鍾乳洞である。
「で、その萬丈窟ってのはどんなとこなの?」
 後部座席ですでに半分寝かかっているスミレさんが尋ねる。
「ガイドブックによれば、萬丈窟は天然記念物の第98号に指定されている。溶岩でできた鍾乳洞で中に入ると気温が15~18度と涼しい。全長は1万メートルを越えるが一般に公開されているのは入口からの1kmまでだけ。あとは、えーっと……。コウモリ、ムカデ、クモなどが生息しており太古の神秘を感じることができる。ってな感じですか……。」
「ふーん。そこに水着美女が生息しているって書いてない?」
 とトナリさん。
「書いてないですねえ……。」
 僕が答える。実はこの済州島旅行中、僕らは1度も水着美女に出会えていなかった。牛島では有名な海水浴場をふたつハシゴしたにも関わらず、そこに水着美女はいなかった。牛島がダメなのかと思って、済州島でもひとつビーチを訪ねたが、そこにも水着美女はいなかった。厳密に言えば水着の女性はいたし、美女もいないわけではなかった。だが、水着を着ているのは概ね10歳未満の女性に限られ、美女のほうは不思議とTシャツ・短パンのまま泳いでいるのだった。ガイドブックや観光案内に載っている写真は、どの海水浴場にも水着美人が大写しになっていたが、僕らがその現場でいくら目を凝らしても見つからなかった。
そして、その裏には、
「スミレさんは泳がないの?」
「あたし、水着持ってこなかった。」
 という牛島での会話が隠されている。
「洞窟に生息する水着美女をあたしも見たい。」
 というスミレさんの眠たげな声を後部座席から聞きながら、僕とトナリさんは顔を見合わせて力なく笑った。

萬丈窟に到着すると、入口前の看板に「観覧には40分以上かかるので事前に必ずトイレに行ってくること」と大書されていた。全員それを見て慌ててトイレに向かう。確かに気温15~18度のところに40分いたら身体が冷えてもよおすこと間違いなしである。鍾乳洞の中でピンチを迎えるなどという事態は絶対に避けたい。
「トイレ行きました。」
「よし。じゃ出発。」
 石田さんの号令がかかり、チケット売場から入口に向かう。道の突き当たりに出ると、萬丈窟の入口は唐突な感じに大口を開いていた。入口からはすでに冷気が吹き出しており、鍾乳洞らしさがうかがえる。滑りやすい階段を慎重に降りていくと、そこは洞窟というよりはむしろ人工的に掘られたトンネルのようだった。
天井が高く、幅も広い。地面は溶岩でデコボコしているが、これならちょっと整備するだけで2車線の道路が作れそうだ。カマボコ形の空洞は壁に這わせたオレンジ色のライトで不気味に光っている。
「涼しくて気持ちいいねえ。」
「ここでだったらずっと暮らしてもいいかもね。」
ずんずん歩いていくと、亀の形をした岩というポイントにやってきた。亀岩は微妙にライトアップされており、その横には写真サービスのお姉ちゃんが真冬のような厚着をして突っ立っている。なるほど。僕らにとっては涼しいが、ずっといるにはやはり寒いのだろう。そこでは亀岩は済州島の形にも似ているのだというアナウンスがエンドレスで流されていたが、似ているかどうかは微妙なところだった。
 さらに20分ほどトンネルのような道を歩いていくと、下から突き出したような奇妙な岩が登場しそこで終点。鍾乳洞というと、神のなんたらとか、天女のかんたらとかそれぞれ名前のついた珍しい岩がたくさんあるところを想像していたが、この萬丈窟はいたってシンプルな作りで、見るべきものは亀岩と最後の溶岩柱のふたつしかなかった。洞窟そのものが見物といえばそうなのかもしれないが、期待してやってきただけにちょっと外された感じは残った。
 むしろ圧巻は外に出てからだった。それまで気温17度という涼しいところで40分過ごしたせいか、外の暑さが尋常ではなかった。全体的になにかが絡みついたような熱気。まとわりつくような湿度。足取りが重くなり、呼吸そのものがしんどい。だるい。つらい。
「あ、暑い……。」
「外に出ると萬丈窟に戻りたいねえ。」
「あたし萬丈窟で水着美女として生息しようかな……。」
 スミレさんが荒い息を吐きながら言った。
この後、僕らは萬丈窟のそばにある、植木で作った巨大迷路を楽しみ、次に世界一のカヤ原生林である榧子林(ピジャリム)を訪れた。2000本を越えるカヤ木の間をハイキング気分で歩いてゆくと、コースの終わりに道内最古という樹齢800年を越えるカヤの木が祭られていた。このカヤの木は2000年を期に「新千年カヤ木」として命名され、榧子林のある北済州郡の無限の発展と栄光を祈願したとされる。樹高14m、幹の太さは6m。地面から手のひらが突き出したかのように枝分かれした新千年カヤ木は、ここを訪れるすべての人の健康と幸運、願いをかなえるという。僕らも新千年カヤ木をぐるっと一回りし、手を合わせてきた。
榧子林を出てサングンブリ噴火口へ。サングンブリとは「山にできた穴」という意味の済州島方言。このサングンブリは済州島の象徴である漢拏山(ハルラサン)の山腹に噴出した寄生火山で、非常に珍しいすり鉢形の噴火口である。円周2km、深さ100~150mという巨大な噴火口を上から見ると、今にも吸い込まれそうな気分になる。ちょうど底の部分が平らになっているため、どこかサッカーの競技場のようにも見える。ここでワールドカップの試合をしたらすごかっただろうになあ……。などと僕はマヌケな事を考えていた。
「お腹減ってない?」
 という石田さんの定番文句がサングンブリでも炸裂したため、僕らは入口付近にある茶店のようなところに入った。ここは噴火口をのぞきに行く前にさりげなくチェックを入れていた店だ。なんとメニューに済州島名物のピントッがある。
 ピントッとは済州島の伝統オヤツともいうべき食べ物で、ソバ粉をクレープ状に焼き中に大根の千切りを巻く。ほんのりと塩味のついたシャキシャキの大根とねっちりしたソバ粉クレープが絶妙のバランスでかみあいとてもおいしい。済州島に行ったらピントッを食え。これは鉄則である。
もともとが家庭のオヤツであるため、市場などの片隅でおばちゃんが焼いているところを稀に見かける程度。普通に済州島観光をしていても、まずもってお目にかかれないという珍しい料理だ。
「済州島にはピントッといううまい料理があるんですよ。」
 牛島に到着した頃に僕はそう豪語していたのだが、これまでまったく見かけることがなかった。「本当にあるの?」と疑われていたが、これで名誉挽回。「ほおら、あっただろう」と胸を張ったのであった。
 が、茶店でピントッを注文してみると、なんと品切れ。
「人気があるからすぐに終わっちゃうんだよね。」
 というおばちゃんのセリフが4人の胃袋にむなしく響いた。仕方がないので、漢孥山の地下350メートルから汲んだ岩盤水で作ったシッケ(ご飯に麦芽を入れて発酵させた冷たい甘酒)を飲んだ。普段市場や食堂で飲むシッケよりも後味がさっぱりしておいしかったが、期待が大きかったピントッを食べられないという後味は悪かった。
「お腹減った……。」
 石田さんが蚊の泣くような声でつぶやいた。
ここまできたところで僕の時間切れ。船に乗り遅れると大変なことになるので、少し余裕を持って港に戻ることにした。昨晩の宿をとったタプトンよりも、少し東にある済州港旅客ターミナルに向かう。港で僕はひとりひとりと握手を交わし、「次はソウルで会おう」と約束をしてみんなと別れた。もともと4泊5日の日程に、2泊3日で参加した飛び入り旅。一緒に全行程を楽しめたらもっと面白いことがあっただろうが、やはり日本からの参加というのは忙しさに過ぎた。途中参加の途中帰り。その点だけに少し悔いが残った。僕は船に来たときと同じ船に乗り、友達に会うため釜山に戻った。

旅行記としてはここまででお終いである。ここから先は後日談。旅行を終えてから、メールなどを通じてみんなとやりとりした内容である。それを各自の感想としてまとめてみた。

●トナリさんの感想
「天帝淵瀑布がずいぶんよかったねえ。あそこの仙臨橋は本当に見事だった。石田さんには悪いことをしたけど、あそこはぜひとも行っておくべきだった。水着美女に会えなかったのが心残りといえば心残りだけど、全体的には楽しい旅行だったね。」

●スミレさんの感想
「楽しかったのは牛島の民泊で泡盛を飲んだことかなあ。いつ寝たのかわからないくらい飲んだけど、翌日はすっきりしていたよね。旅行中ずっと、よい人とよい場所で飲んだことが1番の思い出。珊瑚沙海岸、牛島の民泊、イカ釣り漁船の港、西帰浦港。場所も色々、お酒の種類も色々、そのときの気分も色々……。」

●石田さんの感想
「いやぁ、楽しかった。美味しいものもたくさん食べた。名産の黒豚をはじめ、タチウオの刺身やキジのしゃぶしゃぶ。いやぁ、うまかった。ちなみにソウルへ到着したその日はそのまま2次会。旅行帰りだというのに来られる人を呼んでの宴はなぜか夜半まで……。 音楽の聴ける飲み屋へ行ったところ、そこが即席ナイトと化すは、カラオケ行くわで、えらく楽しかったねえ。」

●僕の感想
「なにそれ。タチウオの刺身? キジのしゃぶしゃぶ? そんなの食べてないよお。僕が帰った後にこんなうまいもの食べるなんて……。ううう。タチウオの刺身、キジのしゃぶしゃぶ……。両方とも済州島を代表する高級料理じゃないか。くー。また行ってやる済州島。やっぱり途中で帰んなきゃよかったなあ……。」

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関連タグ:八田靖史

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2002-12-20

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