しばさきのキムチとバット~日韓野球考・第6回「野球とタクシー」

今年、韓国での球場への行きかえりは、なぜかタクシーが多かった。以前のレポートにも書いた9月1日の斗山ベアーズ対SKワイバーンズ戦の帰りもタクシーを使った。

私:運転手さん、麻浦まで。
運:麻浦?道がよくわかんないんだけど(と、言いつつ車を走らせる)。
私:道は大丈夫ですか?
運:それより、今日の結果はどうなった?
私:ベアーズが勝ちましたよ。
運:そうか、そうか、、、SKが負けて良かった。
私:運転手さんはベアーズが好きなんですか?
運:いや、キアタイガースだよ。
私:光州(※キアタイガースの本拠地)出身なんですか?
運:そう。かつて強かったヘテタイガースは経済危機以降はお金がなくなって弱かったけど、今年の7月にキア自動車に身売りしてから(注・日本じゃ考えられないがシーズン中に身売りがあって名前もユニフォームも変わってしまった)は中日ドラゴンズのイ・ジョンボムも帰ってきたし、久しぶりにポストシーズンも狙えるからね。毎日、期待しながらラジオを聴いて運転してるんだ。
道も良く分かっていないし、ポストシーズン進出を争うSKの敗戦に喜ぶ運転手さんで大丈夫なのかと思ったが、無事に目的地には到着した。こんな感じでタクシーの運転手さんというのは職業柄、ラジオをよく聴くせいか野球好きも多い。それは日本でもアメリカでも、そして韓国でも同じである。
球場帰りのタクシーでの思い出はいろいろある。中でもアメリカで初めてメジャーリーグの試合を見たアトランタでの試合の帰りに球場の前からタクシーに乗ったとき、運転手さんに言われた最初の一言が忘れられない。
Did you enjoy the game? (楽しかったかい?)
そう、アメリカでは野球場は人生の楽しいひとときを過ごすところ。勝ち負けではなく楽しかったかが重要なのである。地元チームが勝てば更に幸せだけど、負けてもホットドッグが美味しくて、友達や家族と楽しく過ごせれば良い。その日は地元アトランタブレーブスが延長サヨナラホームランで勝っていた。楽しくなかったはずがない。大きな声でイエスと返事をしたら、運転手さんはニヤッと片目をつぶって見せた。
その日は勝ったから楽しかったかと聞かれたのだ思っていた。しかし、その翌日は延長戦で負けたにも関わらず、違う運転手さんに同じように聞かれた。イエスと返事をすると我が事のように嬉しそうな表情をした。
この Did you enjoy the game?  はアトランタ滞在中に郵便局やレストランやホテルでも頻繁に聞かれた。反応は皆、タクシーで経験したのと同じ。滞在中はほとんどブレーブスのシャツを着ていたからかも知れないが、他の街で試合を見たあともタクシーに乗れば初めに楽しかったのかを必ずと言っていいほど聞かれた。
Did you enjoy the game? 
この一言でアメリカ野球の素顔に出会えた気がしたものだ。

日本でも球場の帰りに最寄り駅からタクシーを使うことは時々ある。しかし、楽しかったか?と聞かれたことはない。多くの運転手さんは、私がパリーグの試合の帰りで、決して読売戦(大阪では阪神戦)の帰りでないことから、半ば失望するか珍しい人もいるものだという反応をするため、その日の試合の話になることは多くない(大阪では頼んでもないのにタイガースの愚痴を聞かされることも多いが)。話になっても
「どっちが勝った?」
と聞かれることがほとんどである。
韓国でも結果を聞かれることが多い(しかし、その前に『この日本人は何でこんなに野球の話を良く知っているのか?』と不思議がられるのだが)。東京と同じくソウルのタクシーは韓国全土のさまざまなところからソウルに出てきた人が多いので、私は運転手さんの故郷を訪ねてから野球の話をすることが多い。先程の運転手のように光州出身の人はキアタイガース、大邸ならサムソンライオンズ、釜山ならロッテジャイアンツという具合にだいたい出身地のチームが好きな人が多い。中には「ロサンゼルスドジャースのパク・チャンホが好き」とか、かつての大投手ソン・ドンヨル(元ヘテタイガース。日本の中日にも在籍)やパク・チョルスン(元OBベアーズ)個人のファンだという人もいる。一方、釜山では地元ロッテジャイアンツのファンではない運転手は探す方が難しい。少しでもジャイアンツの話をすると結構、盛り上がる。例えば今年、釜山で試合を見た翌朝、釜山駅まで行く車中では、
運:日本からいらしたのですか?
私:はい。ロッテの試合を見に来ました。
運:ホントに?わざわざ日本から?昨日は残念でしたね(前日の試合はぼろ負けで あった。以前のレポートを参照)。
私:でも、今日は今から電車でソウルに行ってロッテ対LGの試合を見るんですよ。
運:良いですねぇ。
私:運転手さんはロッテファンなんですか?
運:そりゃそうですよ。釜山で生まれ育った人はみんなそうですよ。
私:ポストシーズンに行けると良いですね?日本へ帰っても応援しますよ。
運:私も本当に期待してますよ。
・・・こうして野球の話をしたせいか、朝ご飯を食べていないのなら食堂の多いところか駅前のロッテリアの前で止めてあげようだとかセマウル号の切符はもう買ったのかとかいろいろと世話を焼いてもらった。
アメリカでは球場も街もほとんど地元チームのファン一色であることが多い。私にも先出のように、(たとえウソやお世辞でも)地元チームのファンだと言うと、ホテルのボーイもタクシーの運転手も空港のカウンターのお姉さんも急に親切にしてくれた記憶がある。韓国でもソウル以外は地元チーム一色であることが多い。これは地域対立が激しい韓国文化や地元優先のドラフト制度の影響もあるのだろうが、それはそれで韓国野球の良い面だと私は思っている。日本みたいに、可哀想に田舎のテレビ放送でジャイアンツに毒されたために、都会に出ても「野球は巨人(虚人?)」と馬鹿の一つ覚えのような運転手ばかりの東京よりは余程、健全だと思う(たまに文化放送ライオンズナイターを聴いている運転手に出会うとホッとする)。
◇今日のワンポイントアドバイス◇
郷には入れば郷を楽しめ!
楽しむためには滞在中の贔屓チームは地元チームに!!

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2001-11-28

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