しばさきのキムチとバット~日韓野球考・第9回「たった一人の快進撃-頑張れク・デソン投手」

1995年に吹き始めた風
先日、朝のKBSニュースがイ・サンフン投手がLGツインズと年俸4億7千万ウォンで合意し、韓国野球界へ復帰することを伝えていた。出勤前にこのニュースを見たのだが、私は野茂英雄が1995年に巻き起こした風を通勤電車の中で思い起こしていた。
1995年、日本では阪神大震災、オウム事件など悲しい事件が多く、唯一、野茂英雄がロスアンゼルスドジャースへ入団して大活躍を見せたことが明るい話題だったと思えたほどだった。その後、野茂英雄が開けた道には多くの日本人選手が続き、メジャーリーグは、ファンにとっては玄人の野球好きが見るものから一般庶民が茶の間のテレビで見るものとなり、オーナーやコミッショナーオフィスにとっては厄介な黒船となった(成り下がったとは言わないでおこう)。
一方、時期を同じくして韓国球界も同じような風が吹き始め、多くの選手が海外で活躍することになり、日本へ来た選手も数多くみられた。チョ・ソンミン(高麗大-読売1995年)、ソン・ドンヨル(ヘテ-中日1996年)、イ・サンフン(LG-中日1998年登録名サムソン・リー)、イ・ジョンボム(ヘテ-中日1998年)、チョン・ミンチョル(ハンファ-読売2000年)、チョン・ミンテ(ヒョンデ-読売2001年)、ク・デソン(ハンファ-オリックス2001年)などが挙げられる。日本ではパッとした活躍を見せた選手が少ないので日本のファンにはあまり知られていないが、この顔ぶれは韓国球界にとっては、日本からメジャーへ行った選手並みのビッグネームである。
この中で、私が韓国プロ野球で活躍していたのを実際に目の当たりにしたのはイ・サンフンである。1993年のデビュー以来、先発投手として毎年のように20勝近くを挙げ、1996年に抑えへ転向してからも活躍していた彼を1997年にチャムシル野球場で初めて見たとき、はっきり言って物が違うと感じた。それは金魚と同じ池で泳ぐ鯉のように見えた(その後、2000年に彼はボストンレッドソックスに進出したがメジャーに昇格することなく、昨年解雇され、先述のように2002年LGツインズに復帰した)。他の選手も成績を調べてみると、韓国ではイチロー、野茂並かそれ以上のインパクトがあった選手達である。表現に若干、語弊があるかもしれないが、敢えて言うなれば日本プロ野球はメジャーリーグの植民地と化す一方で、しっかりと韓国プロ野球を『植民地支配』するようになったのである。
メジャーが日本と韓国を、日本が韓国を植民地化する大きな理由の一つは年俸である
1997年に襲ったアジア通貨危機の影響をもろに受けた韓国経済は破綻し、IMF(国際通貨基金)の援助を受けるところとなった。経済が破綻すると親会社の財閥の援助を受けて成り立つ娯楽である韓国プロ野球も当然ながら破綻の危機に陥った。中でもサンバンウルレイダース(現・SKワイバーンズ)は高年俸選手をトレードで放出する一方、2軍選手も保有できずに解雇やトレードまでしたものの、本拠地球場の食堂への付けも払えないという有様。身売りするにも多くの財閥が破綻し、買い手が無かった為、韓国野球委員会からの融資を受けて何とか1998年のペナントレースには参戦していた。サンバンウルに限らず、他球団でも親会社の破綻や経営危機が深刻化した。そこに日本から『スター選手を買います』とオッファーが来たのだ。

ヘテタイガースで韓国のイチローと呼ばれたイ・ジョンボムは移籍金4億円(約40億ウォン)で中日ドラゴンズへ売られていったのだが、これによりヘテ球団は総運営費が約2年分をまかなえたといわれた。当時、韓国球界ではトップクラスの選手の年俸が1億ウォン(1,000万円)程度。キャンプ、遠征、フロントの人件費、本拠地球場の家賃、すべて含めて2年分である。物価と為替レートの違いとはいえスケールが大きい(ちなみにシアトルマリナーズがイチローの移籍金としてオリックスブルーウェーブに支払ったのが14億円。1年分の選手の総年俸にも届かない)。さらにイ・ジョンボム自身が得た契約金および年俸2億円は、韓国球界に20年近くトッププレーヤーとして君臨しなければ得られないくらいの額であった。

日本にも、そして韓国へもメジャーリーグのスカウト網がかかり始めた
野茂英雄が活躍を見せたことは日本も中南米に続くメジャーリーグへの選手供給源となりうることへの証明となった。そしてメジャーリーグ球団のスカウトが大挙してプロの公式戦のみならず高校や社会人の試合にも押しかけることになった。また、1995年に同じドジャースに昇格したパク・チャンホの活躍は韓国球界に同じ現象をもたらした。

背景には1993年と1998年にメジャーリーグはエクスパンション(球団拡張)を行い、26球団から30球団となったというメジャーリーグ側の『お家の事情』もあった。つまり、それは4球団分のメジャーリーガーを調達する必要があったことを意味し、しかも、高額年俸を支えるテレビ放映権料と入場料を支払うテレビ局と観客の期待を裏切らないよう、リーグのレベルを下げることは許されなかった。メジャーリーグのベンチに入ることが出来るのは1チーム25人。4球団増えるということは単純に計算して100人のメジャーリーガーが新たに必要となったのである。ルーキーがマイナーリーグからメジャーレベルに成長するには3~5年はかかるといわれる。5年で100人のメジャーリーガーを自前で育てている時間的余裕がないならば、もはや完成品を輸入するほかなかったのである。

それから7年。今では多くの未完成品もマイナーリーグに送り込まれ、青田買いも平行して行われている。

好景気の様相を見せた90年代のアメリカ経済も追い風となりメジャーリーグの平均年俸は右肩上がり
メジャーリーグの平均年俸は1992年に100万ドルに達した後も、1994年のストを挟んでさらに上昇を続け、現在では226万ドルにも達した。 高額な年俸を要求した選手が悪いのか、金を出しているオーナーが悪いのか。ファン不在の不毛な議論が続くものの、毎年シーズンは開幕し、選手のサラリーは上昇を続け支払われているという事実は存在する(今回の文中データは主に月刊メジャーリーグ2002年1月号28-29頁=ベースボールマガジン社による)。

もちろん日本人、韓国人メジャーリーガーの年俸もその恩恵を受けている。このオフ、フリーエージェントでドジャースからテキサスレンジャーズへ移籍したパク・チャンホ投手の2001年度の年俸は900万ドル(1ドル130円で計算すると約11億7千万円=約117億ウォン)。

この900万ドルは韓国プロ野球の選手約450人分の年俸総額をパク・チャンホたった一人分でまかなってしまえる金額であるが、ここ5年間ドジャースのローテーションを守り平均15勝近くをコンスタントに稼いできたことを考えると、現在の『メジャーリーガーの相場としては』決して高いものではない。しかしながらドジャースには彼の年俸をさらに上昇させてやる経済的余力は残っていなかったため、彼はテキサスへと去った。来季からの5年契約では総額6,500万ドル(=85億円。年平均17億円)にも上るという。私たちファンはオーナーでなく選手にお金を払うために球場に足を運ぶのだから、球団に払えるだけの収入があるのなら、たとえ高額であってもオーナーの懐を暖めるのではなく選手自身に支払われるべきであるが、庶民にとっては、もはや経済感覚が違いすぎる話である(もっとも、私はたかが野球をするだけでなどとは言わない。そんなことを言うと、たかが医者、たかが弁護士、たかがサラリーマンなんてことになってしまう)。

去られた側にもそれなりの計算がある。アジア系住民が多いロスを本拠地とするドジャースはパク・チャンホの後釜のアジア人選手として、日本のヤクルトスワローズから石井一久投手を移籍金1126万ドル、年俸140万ドルで引き抜き、野茂英雄を2年契約総額1325万ドルでボストンレッドソックスから買い戻した。この2人でパク・チャンホ以上の成績を残し、リトル東京と日本からドジャースタジアムへ多くの観客を動員出来れば、十分にお釣りが返ってくることとなり、このビジネスは成功となる。

この流れは変えようがない。しかし、この『植民地化』は悲しいだけの話だろうか?
日本人がメジャーリーグで活躍する日本人を見て勇気付けられるように、韓国でも先出のパク・チャンホ、昨年アジア人として初のワールドシリーズに出場したアリゾナダイヤモンドバックスのキム・ビョンヒョンの活躍は韓国国民を勇気づけている。
一方で、日本でも韓国でも、元メジャーリーガーを含めたアメリカ球界出身者(アメリカ人と表記しないのはドミニカなどの中南米国籍者なども含むため)が多く活躍している。先のパク・チャンホなどのトップクラスのメジャーリーガー以外の選手(=多くのマイナーリーグの選手)達は年俸が低く抑えられているため、活躍の場を海外に求める選手も多いのである。特に日本は各球団に3人以上が在籍していることを考えれば、引き抜かれている以上にしっかり引き抜いていると言えるし、その現象は野茂英雄が渡米する30年以上も前から続いてきたのである。むしろ、かなりの貿易不均衡であったのが少し『改善』されただけと言っても過言ではないのだ。

私は某テレビ局で毎晩のようにファンを洗脳するかのように日本全国へ向けて垂れ流されるテレビ中継をも含むテレビまたは球場で見るにあたっては、選手の国籍や肌の色を気にしたことがない。ただ入場料に見合うプレーを見せてくれるかどうかだけが問題なのであるから、どこの出身者だろうとも、年俸も技術も日本のレベルに見合う選手は日本に来て、韓国のレベルに合う選手は韓国で活躍すれば、それで良いのである。その為に外国人選手枠を撤廃しても、全ての外国人選手が異国での生活に馴染めるわけではなく、『神の見えざる手』によって選手の数は落ち着くところに落ち着くはずだ。そして、各々のリーグで技術、ファンサービスなどのレベルをアップさせていけば、きっと、ファンは近くの球場へ『自分達の野球』を見に足を運ぶと思う。なぜなら、野球場で目に見えるものは、野球そのものだけで、選手の国籍は目に見えないものであるからだ。

年俸の基となる3大収入源(入場料、テレビ放映権料、キャラクターグッズなどの商標権料)を考えると、今の人口、物価、為替レートのままではメジャーリーグと張り合うには無理がある。グローバル化の波は庶民の娯楽プロ野球をも飲み込んでいる。
しかし、楽観的に考えようではないか。各国の経済状況や各リーグの努力次第では、今のように年俸もレベルもメジャー>日本>韓国という図式も決して永遠のものではない。古文の授業で習った人も多いであろう『盛者必衰のことわり』は現代にも存在するはずである。バブル経済を破綻させた日本人は今、身をもって感じているはずだ。メジャーリーグも日本一横暴な巨大球団の繁栄も『永久に不滅』だとは誰が言い切れるだろうか(永久に不滅と言い切って引退した人がいましたが)。未来のことは誰にも分からないのだ。私は未来を楽しみにしている。

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2002-08-16

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