しばさきのキムチとバット~日韓野球考・第11回「がんばれベアーズ2003」

9/19斗山ベアーズ対SKワイバーンズ@チャムシル野球場

昨日の雨から打って変わって良い天気である・・・とは言い切れない晴れたり曇ったりという空である。しかしながら朝から雨は落ちていない。いよいよ我がホームグラウンド、チャムシルに帰ってきたんである。地下鉄2号線に乗り、漢江を越え、再び地下へ潜る。さぁ、もうすぐ野球の時間だ。隣のサラリーマン風のおじさんに『今日はどこの試合だい?』と聞かれる。『斗山とSKです』と答える。おじさんは『ふーん』といったきりで特に会話は続かない。『ガイジンが韓国語で返事してんねんから、ちょっとは驚いてくれや』とか『野球の話で盛り上がろうぜ』と思うがおじさんは眠りについてしまった。
地下鉄は総合運動場駅で降りる。球場へ続く階段を上る。この階段は何度も何度も上った。まだ試合開始まで2時間近くあるが、相変わらずアジュンマ(おばちゃん)が海苔巻きを売る。イカも売る。焼酎も売る。ソウルの町並みが変わろうと、地下鉄の料金が値上がりしようと、この風景は変わらない。そして、このアジュンマたちが叫ぶ海苔巻きの値段が試合の有無を教えてくれるのも変わらない。海苔巻きの値段は1000ウォン。試合もある。

階段を上るまでは変わらなかった風景だが、上ったところにキャラクターグッズを扱う店が新たにオープンしていた。ここは全8チームのキャラクターグッズを扱う店のようで、地方球団のモノも買えて便利である。今回は観戦予定が無かったがテグを本拠地にするサムスン・ライオンズの2002年チャンピオングッズや日本の野球ファンへのお土産にボールペン、ステッカー(各1000ウォン)やボール(3000ウォン)、ユニフォーム(30000ウォン)、サムスンの主力打者マ・ヘヨン内野手のボブルヘッドドール(首振り人形)8000ウォン等を山ほど買い込む。同行の友人二人もぬいぐるみ3000ウォンやら携帯ストラップ2500ウォンを買い込んでいた。今回は現金をあまり持たずに旅行していたので財布の中が気になったが、クレジットカードが使えてピンチを脱出。便利になったものだ。
続いていつものコースである球場左翼席下にあるベアーズハウスへ行く。今回は2階の小さな展示室に友人を案内する。ここには歴代名選手の写真やユニフォーム、1982年当時の球団創設を伝える新聞記事等が展示されている。球団の歴史を大切にすることは良いことである。阪急時代の歴史を抹殺したオリックスも見習って欲しい。2階の展示を見た後は当然、1階のショップでもまだまだグッズを見る。Tシャツ(8000~10000ウォン)や熊のぬいぐるみ3500ウォン、ファンブック(2000ウォン)を買い込む。たった一人で店番をしているバイトと思しき女の子に聞いてみる。
『今日は試合の日なのに人が居ないね』
『そうね。今日は平日だし、ベアーズも弱いし、仕方ないわ』
とのこと。ちょっぴり寂しいベアーズハウスであった。多分、この日も売り上げのほとんどが私たちの買い物であったであろう。
球場を一周する。ベアーズハウス隣のコンビニ『LG25』でダイエットコークを買う(1000ウォン。余談だが筆者はダイエットコーク好きである。アメリカの球場でも毎試合のように飲んでいたし、今回の旅行中も常に飲んでいた。勿論、自宅のアパートの冷蔵庫には年中切れることなく置いてある)。そのままスコアボードを通り抜け、食堂街を抜け、ちょうど一周したところに食堂やバーガーキングやKFC、そして海苔巻きと生ビール(ビールは当然OBラガーである)を売るスタンドが出来ていた。最近、チャムシルへ来るたびに新しい店が出来ていて驚かされる。便利になったものだ。
さて、球場周辺を見た後は、いよいよ入場である。チケット売り場へ行く。並んでいる人間は居ない。今日の観衆も少ないのであろう(翌日の新聞では1120人となっていた)。
指定席(平日)12000ウォン、(週末・休日)15000ウォン
内野席(平日)7500ウォン、(週末・休日)9000ウォン
外野席(平日)3000ウォン、(週末・休日)4500ウォン

と書かれた料金表を見て『平日12000ウォンの指定席』を買うことにする。試合開始まで1時間以上あるとはいえ、入場すると観客は私たちの他にはほとんど居ない。SKの選手たちの打撃練習の音がスタンドに響き渡る。しかし、観客が少ないことで球場の椅子が新しくなっていることに気付く。席種によってオレンジ、赤、ブルーといった色になっていて、一つ一つの椅子が大きくなり、ドリンクホルダーも付いている。日本の甲子園球場よりも観戦環境はずっと良い。嬉しい限りである。ガラガラなので指定席エリアのどこに座っても良いのだが、一応、チケットに書かれた座席を探す。ちょうどベアーズのダッグアウト上の2列目。観客が少ないのでダッグアウトの選手の声が聞こえそうである。
座席に荷物を置いた我々は腹ごしらえをすることにした。今日は指定席なので、売店やトイレに行くたびに入り口でチケットを提示しなければならない。食べ物を買う前にトイレに行くと、トイレも改装したようである。壁は木製パネルが貼られ、広々として明るい。球場のトイレがこんなに豪華なのはアメリカの1990年台以降に出来た新しい球場のほかに知らない。素晴らしい。トイレを済ませ、いよいよ腹ごしらえである。
バーガーキングとKFC、もしくは海苔巻きか。今回の旅行では街角でファーストフードを食べていなかったのでKFCをチョイスする。チキンバーガーセット4500ウォンを3人分にホームランセット(チキン6個とコールスロー)10000ウォン。セットのドリンクは勿論、ダイエットコークである。ここでもバイトの女の子にベアーズについて聞いてみる。
『最近はお客さんが少ないの?』
『(苦笑いしながら)そうねぇ。今年は開幕してからすぐに調子が悪くて。夏休みは少しお客さんが来るようになったけど』
『優勝したのは2001年でしょ?どうして弱くなったの?』
『優勝のときのリリーフエースのチン・ピルジュン投手がトレードで起亜に行ったし、良い選手が抜けたのよ』
『残念だね』
日本のブルーウェーブのようではないか。寂しい話である。
座席に戻る。試合までまだ30分はある。チキンで汚れた手を洗いに行く。その前にスコアボードを見ているとベアーズのラインナップに何人かのレギュラー選手が居ない。今度は座席案内係の女の子に聞いてみる。
『センターのチョン・スグンはなぜ出てないの?』
『詳しく知らないけど、体の調子が悪いみたいよ。最近は代打で出たり出なかったり。人気がある選手だから出て欲しいけど。あら今日はサードのキム・ドンジュも居ないわ』
『ベアーズも弱いし、チョン・スグン出ないじゃ、今日もお客さんは・・・』
『沢山は来ないと思うわ。』
『でも、今日の先発は入来投手だよ』
『そうね。日本から来たピッチャーね。頑張って欲しいわ。でも、代わりに日本には人気者のホームランバッター、タイロン・ウッズ選手(アメリカ人、現・横浜ベイスターズ)が行ってしまったから・・・』
ここでも最後は少し寂しい会話になってしまった。
さて、そうこうするうちにプレイボールの時間が近づいてきた。ベアーズの選手たちがポジションに散る。後ろの音楽は『ファイナルカウントダウン』。そして、国歌斉唱。何度も経験したチャムシルの試合前である。胸に手を当て『愛国歌』を歌う。スコアボードには『大極旗』が翻る。時計が18:30を刻む。今日の審判イ・ヨンジェ氏が右手を上げて叫ぶ『プレイ!』。試合開始である。
一回にはピンチを背負ったベアーズ先発の入来投手であるが、その後は味方の援護もありスイスイ。気合の入ったマウンド捌きである。途中から私たちに加わったソウル在住の元ナビスタッフ、ベアーズファンのチョン・ソヨンさんにもベアーズの今シーズンについて聞いてみる。
『今年は今日で2回目。弱かったから球場にはあまり行く気にならなかったわ。今日のメンバーも新しい選手が多くて良く分からないわね。良く知ってるのは2番のチャン・ウォンジン選手、4番のシム・ジェハク選手、それに6番のホン・ソンフン捕手くらいかしらね。そうそう、ホン・ソンフンは今度、結婚するのよ。相手は年上だって。残念だわ(笑)』。
そんな話をしながらも試合は進んでいく。
ソヨンさんも知らない高卒ルーキーのショートのソン・シヒョン選手が何度か良いプレーを見せる。入来投手も順調。ベアーズは3、4、5回と追加点を上げ7-1でリード。スタンドの入りは寂しいものだが、雰囲気は良い。途中で何度もスコアボードのビジョンに映る外野席のベアーズチアリーダーも可愛い。そう言えば昼に会って昼食を奢ってくれた私の勤務する会社のソウル本社の人が『ソウルには斗山ベアーズとLGツインズがあるけど、今年は両方とも弱い。だけどチアリーダーは可愛い。ファンの間ではベアーズのチアリーダーの方が可愛いって話だよ。』と言っていたのを思い出す。隣のソヨンさんから
『そんなおじさんみたいにチアリーダーばかり見ないの!そうそう、今年から応援団のステージが外野席に移ったのよ。内野席は少し寂しくなったわね』
『おじさんとはひどいなぁ。でも、雰囲気が寂しいのはベアーズが弱いからだよ。おっと、そろそろファンプレゼントの時間じゃないか』
『スコアボードに番号が出たわ。下二桁27はキムチのパックよ』。
なんと隣りの友人が当選。球場でキムチが当たる。いかにも韓国である。
試合は終盤に近づく。スタンドの客入りも寒いものだが、実際に9月になると夜のソウルは涼しい風が吹く。しかし、私はスタンド下のビール売り場で買った生ビール(3000ウォン)を喉に流し込む。日本でもアメリカでも韓国でも、球場で飲むビールは旨い。ビールのコップが空になった頃の7回。入来投手は交代。韓国の球場で初めて日本語で声援を送る。『入来!ようやった』。彼はかつて近鉄バファローズで活躍した。当時は日本ハムファイターズに強かった。そんな全盛期の入来投手を藤井寺球場で何度か見たこともある。10年以上前の話である。トレードで出された読売で飼い殺され、ヤクルトでは2001年の日本一に貢献した後、翌年オフに解雇。そして巡り巡ってソウルで勇姿を見るとは・・・。藤井寺球場で見ていた頃には想像もできなかった。野球ファンを長く続けていると本当にプロ野球というのは一期一会だと思う。試合後はヒーローインタビューも受けていた。
『今日はソウルのファンの熱い声援のおかげで良いピッチングが出来た。これからも応援を宜しくお願いします』
と答えていた入来投手。苦労もしただろうが、良い新天地が見つかったようである。
ベアーズの勝利を見届けた後、キムチが当たった友人のプレゼント引き換えのために入場スロープ下の『ベアーズコーナー』行く。友人がキムチを貰う間にふと『2003年度ベアーズファンクラブ入会案内』のポスターに目が行く。入会金は50000ウォン。プレゼントはファンブック、2001年優勝記念Tシャツ、同キャップ、売店で買えば45000ウォンのジャンパー。特典は入場料割引、イベント参加等である。外国人でも入れるのかと思い、ソヨンさんに聞いてもらう。まさか9月の消化試合でファンクラブに入ろうなんていう外国人が来るとは思っていなかった受付のお兄さんが困った顔をして、後ろに居た上司を呼ぶ。キム・テリョン次長というベアーズのファンサービス担当の方が出てきて
『僕は1997年にOBベアーズの試合を初めて見てからベアーズファンなんです。ファンクラブに入れてもらえませんか?』と言うと、
『ベアーズには入来投手もいるんだ。良いだろう。日本人であっても入れてやろう。そうだな、もうシーズンも残り少ない。入会金は30000ウォンで良いだろう』
と言って入会申し込み用紙の左上に漢字で(日本人)と書いて渡してくれた。
『住民登録番号は書かなくて良い。住所も漢字で良いぞ。e-mailアドレスは書いてくれよ。勤務先も漢字で良いぞ』。
私が記入したe-mailアドレスと勤務先を見て
『おっと、韓国の会社に勤めているのか。それで韓国語が上手いのか』
『韓国語は上手くありませんよ。勤務先はここだけど、野球は会社が持っているチームではなくてベアーズが好きなんです』
『そいつは気に入った!これが入会記念品だ。来年も来てくれるのかい?』
『そのときは2004年のファンクラブの入会手続きに必ずここに寄りますよ』
『待ってるぞ!』
こうして私はベアーズファンクラブのメンバーにもなった。来年もチャムシル、それもベアーズ戦に来なくては。
入会プレゼントに試合前に買ったグッズを抱え地下鉄の駅に向かう。試合が終わってからもう30分近い。人影はまばらになっていた。途中、馬を数頭載せたトラックが私たちの隣を走っていった。『チャムシルで競馬?』とソヨンさんに聞く。ソヨンさんは『これよ』といって球場の壁に貼ってあったオペラ『アイーダ』のポスターを指差す。隣のオリンピックスタジアムで公演されているらしい。
『こっち(オリンピック)が馬でこっち(野球場)が熊か。私は熊が好きだな』
『面白くないジョークね』
『熊が好きなのは本当さ。だってファンクラブ会員証まで持っているんだぞ』
『本当にあなたの野球好きには負けたわ』
最後はそんな言葉のキャッチボールをしながら帰りの地下鉄に乗り込んだ。

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2003-11-07

ページTOPへ▲

その他の記事を見る