しばさきのキムチとバット~日韓野球考・第18回「超一流球団の抱える『家』問題−三星ライオンズ、二連覇の栄光の陰で−」

秋晴れのソウル蚕室野球場。ライオンズのエース、オ・スンファン投手の最後の投球が韓火イーグルスの傭兵(韓国では助っ人外国人選手を傭兵と呼ぶ)デービス選手を三振に仕留めた瞬間、年俸総額53億830万ウォン(一勝当たりの平均人件費73,739,726ウォン)のスター軍団ライオンズの選手たちがダッグアウトを飛び出した。2006年10月29日。ライオンズの韓国シリーズ二連覇が達成された。韓国シリーズは4勝1敗1引分。投手層の厚さに物を言わせた圧勝である。レギュラーシーズンも73勝50敗3引分で一位。2005年が74勝なので、ほぼ同じような成績で優勝している。
プロ野球というショービジネスでは勝てば観客が増えるのが普通である。ところが観客動員は2005年の360,386人(一試合平均5,720人)から31%減の247,787人(3,886人)に減ってしまった。「勝てば勝つほどつまらないから客が来なくなるライオンズ」というのは1990年代の西武ライオンズの話であるが、韓国のライオンズにも同じ現象が起きているのか?勿論、元・中日ドラゴンズ投手でもあったソン・ドンヨル監督の『日本式野球』はゲームの序盤からバントを多用するから面白くないという批判はある。しかし、本当の理由はライオンズの野球そのものにあるのではなく、本拠地であるテグ市民運動場の劣悪な施設にある。
ライオンズの本拠地は1948年に建てられた最大収容人員12,000人の球場である。日本で言うと、広島市民球場の二階席を除いた部分、今はなき近鉄藤井寺球場が近いが、もっと規模は小さい。1981年に翌年に控えたプロ野球創立に合わせて大規模な工事を行い、その後も1995年に人工芝を敷き、電工スコアボード改修。その後も何度か小規模な改修は続けられているものの、今では人工芝は穴だらけ、ファウルボールはすぐに隣の駐車場に向かって飛んでいってしまうくらいに人口250万人のテグ市の球場としてはスタンドが小さい。このくらいなら、『仕方がない』で済む話だが、2006年のシーズン開幕を直前に控えた時期に地元新聞に恐ろしい記事が載った。3月初めにライオンズのダッグアウトである三塁側ダッグアウトの屋根の一部が落下しているのが見つかり、専門業者に安全診断を依頼したところ、『E等級』という結果が出た。『E等級』とは『建築物に危険があり、即刻使用禁止にし、補強または改築工事が必要な状態』という。ダッグアウトの上にあるスタンドに観客が多数座った状態で、ダッグアウトが崩れ落ちれば大惨事になりかねない。

ダッグアウト内部、ダッグアウトとクラブハウスを結ぶ通路には補強工事のH鋼が入れられた状態で開幕戦を迎えることになったライオンズのソン・ドンヨル監督は新聞紙上に『崩壊しそうな野球場で野球をやれって?誰か死ななきゃ新しい球場を作ってくれないのか?いっそ、我々が新しい球場を建てろってデモでもやるか』とコメントを出し、市民からも、1994年ソウル聖水大橋崩落事故、1995年のテグ地下鉄建設現場ガス爆発事故、三豊百貨店崩落事故、2003年のテグ地下鉄火災事故を引き合いに出し、人災を防ぐ為にもテグ市は新球場を建設するべきだという声も大きくなった。WBCで4強に残った韓国代表チームで好守備を連発したライオンズのパク・ヂンマン選手は『日本の東京ドームやメジャーリーグのような球場でプレーできたら、俺は死ぬまでエラーを一個もしないよ。日本やアメリカの選手が羨ましい』と言い、2006年シーズンはホームのテグ市民運動場は勿論、ライオンズの試合が行われた遠征先でも『自慢すべき世界4強野球に恥ずかしい野球場』『25年のプロ野球、施設はプロ元年のまま』『最強三星、最低テグ球場』などのバナーがファンの手によって掲げられる中、ライオンズはシーズンを戦わなければならなかった。
新聞報道があった3月にはチョ・ヘニョン、テグ市長(当時)が建設を推進する旨をコメントし、テグ市と三星球団で新球場タスクフォースチームを結成し、建設予定用地選定作業に着手したものの、結局、作業は進まず、5月の統一地方選挙で新球場建設を公約に掲げて当選したキム・ボミル新市長も具体的な新球場建設の動きを見せていない。韓国経済の停滞、特に地方財政の悪化が叫ばれる中、赤字を垂れ流した状態のプロ野球に地方財源が投入されにくい状況にあっては市長の公約であっても財源確保は難しく、建設候補地選定作業も、交通インフラ整備が不十分な地区、環境破壊問題や騒音問題から住民の反対運動も予想される地区などから選ばなければならない状況にある。候補地も財源確保もライオンズの親会社の三星グループに何とかしてもらいたいというのがテグ市の本音で、このままでは三星グループのイメージ悪化にも繋がるので、いつかは金を出すだろうと踏んでいるように見える。

一方、多くのスター選手をFA市場で掻き集めて優勝するスタイルの野球を進める親会社の三星グループにはお金がないわけではないはずなのだが、新球場に対しての財布の紐は固い。グループの中心である三星電子が業績好調な半導体や携帯電話分野で世界に進出しており、国内外に株主が多いことから、赤字のプロ野球事業に多額の資金を投入すると株主代表訴訟を起こされる危険性があるとして、新球場建設はテグ市が中心になってやるべきことというスタンスを取り続けている。

互いにライオンズという子供の子育てを相手に押し付けあっているような状態が続くテグ市と三星グループ。押し付けあうのではなく、一緒に協力してプロ野球をビジネスと文化財として育てれば、赤字ではなく黒字をもたらす立派な孝行息子となってくれると思うのだが、今のところ育児放棄の姿勢に改善は見られない。2007年春もライオンズはあばら屋で開幕戦を迎える。

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2007-01-23

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